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東京高等裁判所 平成6年(う)76号 判決 1995年12月25日

本店所在地

東京都中野区白鷺二丁目四八番六号

株式会社徳波

右代表者代表取締役

飯田徳森

本籍

東京都中野区上鷺宮三丁目七番

住居

同都同区上鷺宮三丁目七番五号

会社役員

飯田徳森

昭和一九年一一月二二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年一一月二九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人東徹、同太田孝久連名の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  諭旨の概要

論旨は、事実誤認の主張であり、要するに、被告人株式会社徳波(以下「被告会社」という。)の昭和六二年四月期の事業年度に行われた不動産取引に関し、被告人飯田徳森(以下「被告人」という。)が、架空仕入れを計上するなどの方法により被告会社の所得を秘匿したような事実は一切ない、というのである。

すなわち、原判決は、被告会社が昭和六一年一二月から昭和六二年一月にかけて総額四億四三〇八万円で仕入れた埼玉県大宮市堀崎町一一二三番二等所在の土地(合計三九六二・三五平方メートル。以下「本件土地」という。)を、同年四月、株式会社リクルートコスモス(以下「リクルートコスモス」という。)に対し総額九億四二九七万五〇〇〇円(坪単価約七九万円)で売却したと認定した上、公表上、その売買代金額を、<1>本件土地に関する国土利用計画法に基づく埼玉県の指導価格(坪単価約四六万円)に合わせて合計五億四九九七万五〇〇〇円とした売買契約(以下「第一次契約」という。)、<2>リクルートコスモスが被告会社に対し本件土地上のマンション建築を請け負わせ、その予約証拠金として二億八〇〇〇万円を支払う旨の請負予約契約(以下「第二次契約」という。)、<3>リクルートコスモスが岡膳株式会社に五億九〇〇〇万円で売却することが決まっていた埼玉県浦和市常盤四丁目八六番一所在の土地(以下「浦和物件」という。)の売買に被告会社及び倒産会社である昭和ランマー株式会社(以下「昭和ランマー」という。)を介在させ、被告会社に実質的に残りの一億一三〇〇万円の利益を帰属させるため、同物件をリクルートコスモスから昭和ランマーに四億五九三〇万円、同社から被告会社に五億六九三〇万円、被告会社から岡膳株式会社に五億九〇〇〇万円で順次売り渡す旨の売買契約(以下これらを便宜上「第三次契約」と総称する。)の三つの形態に分け、<2><3>については支払うべき実態がないのに、あるように仮装して支払うことにしたものであると説示している。しかし、右の第一次ないし第三次契約は、本件における次のような特殊事情から結んだものであって、いずれも有効、適正に成立した真実の契約であり、仮装されたものではない。もともと、被告会社は、リクルートコスモスに対し、いわゆる専有卸の形で本件土地とその上に建築する建物(中高層共同住宅。以下「本件マンション」ということがある。)を一括して売却しようとしていたのであり、その場合には、租税特別措置法の規定に関する通達により、建物の原価(本件における予定額は一〇億七〇〇〇万円)の一四二パーセント(土地転売利益を含め)までは建物の譲渡による利益と見做されていわゆる土地重課の対象とならないので、仕入原価との差額である四億四九四〇万円を土地重課の対象外で取得できるはずであった。ところが、本件土地取引に関する国土利用計画法に基づく県の指導価格が坪単価約四六万円と低額で、リクルートコスモスが本件マンションを再販売する際の価格も低く抑えられるおそれが強く、専有卸の形で売却することが困難になったため、結局、第一次契約により本件土地を指導価格に従った代金額で売却することにしたが、右四億四九四〇万円から本件土地を指導価格で売却した際の転売利益約五六四〇万円を控除した三億九三〇〇万円の利益をカバー(保証)するため、リクルートコスモスは、第二次契約により二億八〇〇〇万円、第三次契約により一億一三〇〇万円をそれぞれ被告会社に取得させることとしたものであって、第一次ないし第三次契約はいずでも真実の契約である。また、第二次契約により被告会社は二億八〇〇〇万円を請負予約証拠金として預かっただけであり、将来、請負本契約が締結された時点で初めてこれが請負代金に充当されて被告会社が取得することになる筋合いのものであり、また、第三次契約により被告会社は三〇〇万円、昭和ランマーは一億一〇〇〇万円の転売利益をそれぞれ取得したものである、というのである。

二  諭旨に対する判断

そこで調査するに、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決の認定事実は正当であり、当審における事実取調べの結果によってもその判断は左右されず、論旨は排斥を免れない。以下、所論にかんがみ説明を付加する。

1  所論によっても、被告会社がリクルートコスモスに提供したのは本件土地の所有権のみであるのに対し、リクルートコスモスが被告会社に提供したのは、国土利用計画法に基づく指導価格に従った売買代金額のほか、そのほぼ全額が土地重課の対象外となるような形での合計三億九三〇〇万円の利益であることが明らかであるから、この三億九三〇〇万円は、結局、当初予定していた専有卸での売買が頓挫し、これに代えて土地単体での売買をするほかなくなったことから、本件土地所有権移転の対価として支払われたものとみるのが当然である。そして、このことは、以下に述べる取引関係者の供述内容並びに第二次及び第三次の実態によっても裏付けられている。

2  まず、取引関係者の供述を検討すると、リクルートコスモスの本件土地の取引担当者であった長谷部裕樹は、原審公判廷において、リクルートコスモスでは被告会社との間に本件土地を専有卸の形で買い入れる旨の一応の合意をしたが、昭和六二年三月中旬に示された本件土地に対する国土利用計画法に基づく県の指導価格が坪単価約四六万円とかなり低額であったため、その時点で専有卸での取引は困難になったこと、それまでにリクルートコスモスが被告会社に交付していた同年一月二七日付買付依頼書には、本件土地相当分のリクルートコスモス側の希望価格として坪七九万円と記載していたこと、リクルートコスモスでは、専有卸での取引が困難になったため、マンション建設用地として土地単体の買受を希望し、被告会社に対し、本件土地の代金額を県の指導価格に近づけるよう要求したが受け入れられず、結局、前示の坪単価七九万円で買い受けることになり、指導価格に基づいた売買によって生ずる実際の取引価格との差額(坪当たり約三三万円)の支払方法を検討したこと、その結果、同年四月一〇日前後ころまでに、リクルートコスモスでは、その差額三億九三〇〇万円を大筋において第二次及び第三次契約を利用して被告会社に支払うことを提案し、第三次契約に昭和ランマーを介在させるという被告会社側の希望を容れてその了解を得たこと、第二次契約により被告会社に振込送金された二億八〇〇〇万円及び第三次契約により被告会社及び昭和ランマーが取得する形とした合計一億一三〇〇万円は、いずれも本件土地代金の一部であることを明確に証言している。そして、その証言は、原審弁護人の反対尋問によっても根幹において揺らいでいないばかりか、その内容に不自然、不合理な箇所はなく、専有卸の形から土地単体の取引となった経緯並びに第二次及び第三次契約を利用して代金の一部を支払うこととした部分は事態の推移の説明として十分納得ができる。加えて、同証言は、昭和六二年一月二七日にリクルートコスモスが被告会社に対して発行、交付した買付依頼書に、本件土地の買受代金として坪七九万円の記載があること、本件土地取引に関するリクルートコスモス社内の決裁を得るために長谷部が同年四月一三日に起案して上司に提出した稟議書には、本件土地を坪七九万円の価格で仕入れる旨の記載があることなどの客観的証拠と照応している。

所論は、同証人は、平成四年三月一二日にリクルートコスモス及び被告会社の関係者らが集まり、請負予約契約(第二次契約)の取扱等について協議した事実に関し弁護人が反対尋問をした結果、第一次ないし第三次契約がいずれも有効なものであることを認めるに至っているのであるから、同証言には信用性がないと主張している。なるほど、同証言中には、原審弁護人の反対尋問に対し、第一次ないし第三次契約につき「三つの契約とも有効に成立していると思いますけど」と述べた部分があるが(原審第二回公判調書速記録五五丁表)、一方、同証人は、被告会社には建設業法上の特定建設業の免許がないことから、第二次契約に基づいて被告者が本件マンション建築の元請けとなることはあり得ないと証言しているほか、所論指摘の協議については、形式上存在する請負予約契約の取扱如何ないしは同契約を履行した形を作る方法を協議したに過ぎないと認識している趣旨の証言をしているのであって(同速記録五六丁裏、五八丁裏)、前記証言部分をもって、検察官の主尋問に対する証言を覆したものとはいえない。所論は採用することができない。

さらに、被告会社側の取引担当者添野哲雄及び被告人の検察官に対する各供述調書の内容は、長谷部の原審証言と符合するものであり、これを信用するに十分である。

所論は、このうち特に被告人の検察官調書四通(平成四年四月二六日付、同月二七日付、同年五月三一日付及び同年六月三日付)の任意性と信用性を強く争い、被告人は、平成四年四月二五日から翌二六日にかけ、取調べ検察官から、自白しないと被告人だけではなく、被告会社の社員全員を逮捕するなどと脅迫されたことから、やむなく同月二六日付及び同月二七日付の二通の検察官調書の署名指印に応じたものであり、続く同年五月三一日付及び同年六月三日付の各検察官調書にも、一旦自白してしまった以上これを覆すことはできないと考えてやむなく署名指印したものであると主張している。しかしながら、被告人は、捜査段階から弁護人を選任していながら、脅迫、強要という極めて重要な事態を直ちに弁護人に訴えていないばかりか、当初の概略的な自白調書に署名指印してから約一か月の間に弁護人と十分対応を協議する余裕があったのにもかかわらず、契約書や領収証などの多数の客観的資料に基づく具体的かつ詳細な自白調書(五月三一日付)他一通への署名指印にも応じている。これは所論を前提とすれば甚だ不自然であるのに、被告人により合理的な説明はまったくされていない。そうすると、所論に符合する被告人の原審公判廷における供述を信用することができないとした原判決の判断は、正当と認められる。所論は採るを得ない。

3  第二次及び第三次契約は、その実態等からしていずれも仮装されたものであると認められる。

まず、所論のうち、第三次契約により昭和ランマーが一億一〇〇〇万円の転売利益を取得したという点は、同金額を含む合計三億九三〇〇万円全額が被告会社に対する利益保証であるとする所論と整合しない。また、第三次契約における昭和ランマーが、被告会社に土地転売利益が発生することを隠蔽するために介在させた被告会社のいわゆるダミーであることは、昭和ランマーの企業としての実態、同社が取引に介在するに至った経緯のほか、同社の関係者が取引の交渉に一切関与せず、契約書作成に際しても立ち会っていないことなどの事実に照らして疑いがない。他方、被告会社は、浦和物件の取引に関して何ら実質的な交渉等をしておらず、単に形式的な取引当事者として介在して土地転売利益を与えられたに過ぎない。以上のとおり、所論にもかかわらず、同物件に関し昭和ランマー及び被告会社を介在させた取引が、被告会社において一億一三〇〇万円の土地転売利益を取得し、さらに内一億一〇〇〇万円について被告会社の法人税を免れる目的のために仮装されたものであることは明らかである。

次に、第二次契約についてみると、被告会社は、そもそも戸建て専門の業者でマンション建築の実績がない上、同予約契約締結当時、本件マンション建築の元請けとなるために必要な建設業法上の特定建設業の許可を取得していなかったのに、同契約締結に当たってリクルートコスモス及び被告会社の関係者らが特にその点に注意を払った形跡が見当たらないところ、現実にリクルートコスモスが発注し、被告会社が元請けとなることが予定されていたのであれば、同許可の有無を考慮しないなどということは理解し難く、不自然といわざるを得ない。また、同予約契約の内容を子細にみると、被告会社が工事を下請けに出す際の相手方業者や工事代金額までが発注者のリクルートコスモスによって指定されている点(同契約書第六条)及び下請けの工事代金額に増減があった場合には被告会社に対する元請けの工事代金額もこれに連動して増減させることが予め合意されている点(同第八条)など、真実の契約と考えるには不自然、不合理な箇所がある。さらに、契約後の経緯をみても、平成五年三月までに本件マンションの建築に必要な都市計画法上の開発許可や建築確認の取得が完了したのであるから、第二次契約が真実の契約であればほどなくこれに基づく請負本契約の締結が行われていたはずであるのに、リクルートコスモスは、被告会社との間で請負本契約を締結しようとはせずに、被告会社には特定建設業の免許がないことを理由に第二次契約の履行不能を通告した上、直接飛島建設株式会社に対して本件マンションの建築工事を発注し、さらに、授受の根拠がなくなった二億八〇〇〇万円について返還の請求をせず、被告会社からの返戻の申し入れに対しても受領を拒んでいることが認められるのであって、これらの一連のリクルートコスモスの対応は、第二次契約が形を整えるためのものであったことを如実に物語っている。結局、第二次契約は、二億八〇〇〇万円を所得計上の必要のない請負予約証拠金という名目を装って被告会社に取得させるために仮装されたものと認めざるを得ない。

なお、所論は、リクルートコスモスが被告会社に対し前述の履行不能の通告をしたほか、本件土地に関して被告会社がリクルートコスモスを被告として提起した民事訴訟(東京地裁平成六年ワ第二二四三号土地所有権移転登記等抹消登記手続請求事件)において、平成六年六月九日の口頭弁論期日に和解が成立し、<1>被告会社は、リクルートコスモスに対し、本件土地がリクルートコスモスの所有であることを確認する、<2>リクルートコスモスは、被告会社に対し、和解金として三〇〇〇万円(内一〇九〇万四〇〇〇円は税金負担分)の支払義務のあることを認める旨が合意された点を強調し、これらはいずれもリクルートコスモスが第二次契約の有効性を否定できなかったからにほかならないと主張する。

しかしながら、所論指摘の履行不能の通告は、第二次契約が外形上存在することによる対応と考えられ、また、当審で取り調べた口頭弁論調書の写しによれば、所論指摘の民事訴訟において、所論のとおりの内容の和解が成立した事実が認められるものの、この点も、同様の趣旨で採られた対応と考えるのが相当であるから、いずれも所論の証左となるものとはいえない。

4  以上の次第で、その公表上の支払の根拠がいずれも実体を欠いている所論指摘の合計三億九三〇〇万円は、本件土地の売買代金の一部に該当するものというほかはない。その他、所論が縷々主張する点にかんがみ、記録を調査検討しても、本件土地取引に関して法人税ほ脱の事実を認めた原判決に所論指摘の事実の誤認はない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 林正彦)

平成六年(う)第七六号

控訴趣意書

被告会社 (株)徳波

(代表者代表取締役 飯田徳森)

被告人 飯田徳森

右の者らに対する法人税違反被告事件につき、左記のように控訴の趣意を申し述べます。

平成六年四月一八日

右弁護人(主任) 東徹

同右 太田孝久

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるので、破棄せらるべきである。

右の事実誤認の点については、原判決が「争点に対する判断」の欄において、公訴事実につき判断を説示しているので、その説示に対して、次に逐次反論することとする。

第一 原判決は右の「争点に対する判断」の欄の一において、次のように説示している。

『一 前掲関係証拠によると、以下の事実が認められ、当事者間にも争いがない。

1 被告会社は、昭和六一年一二月から昭和六二年一月にかけて、埼玉県大宮市堀崎町一一二三番二等の土地(以下「本件土地」という)を合計四億四三〇八万円で仕入れた。

2 被告人は、本件土地をマンション用地として売却しようとして、株式会社リクルートコスモス(以下「リクルート」という)の担当者である長谷部裕樹と交渉し、その結果、同年四月中旬、被告会社とリクルートの間で本件土地の売買に関する合意が成立した。

3 被告人と長谷部が協議した結果、被告会社とリクルートの間で、本件土地についての国土利用計画法に基づく埼玉県の指導価格が、坪当たり単価約四六万円であったことから、被告会社がリクルートに対し、本件土地を坪単価約四六万円、総額五億四九九七万五〇〇〇円で売却するとの契約(以下「第一次契約」という)を締結し、これに関連して、リクルートが被告会社に本件土地上のマンション建築を請け負わせ、その予約証拠金として二億八〇〇〇万円を支払う旨の請負予約契約(以下「第二次契約」という)を締結し、さらに、リクルートが岡膳(「善」は誤り)株式会社(以下岡膳という。弁護人加筆)に五億九〇〇〇万円で売却することが決まっていた埼玉県浦和市常磐四丁目八六番一の土地(以下「浦和物件」という)の売買に、被告会社及び倒産会社である昭和ランマー株式会社(以下「昭和ランマー」という。弁護人加筆)を介在させ、被告会社に実質的に一億一三〇〇万円の利益を帰属させることが決定された。なお、浦和物件については、リクルートから昭和ランマーに四億五九三〇万円で、同社から被告会社に五億六九三〇万円で、被告会社から岡膳に五億九〇〇〇万円で、順次売り渡す旨の売買契約(以下、これらの契約を「第三次契約」と総称し、便宜上被告会社とリクルートの間の一つの契約のように数えることにする)を締結することとされた。

4 第一次契約及び第二次契約は、同年四月三〇日に締結され、同日、リクルートから被告会社に対し、五億四九九七万五〇〇〇円が小切手で、二億八〇〇〇万円が預金口座振込により支払われた。第三次契約は、岡膳の都合で同年五月一日に関係者が集合して締結され、同日岡膳が支払った五億九〇〇〇万円の中から、四億五九三〇万円をリクルートが受け取り、差額の一億三〇七〇万円の中から合計一七七〇万円が第三者に仲介手数料として支払われ、その残りの一億一三〇〇万円を被告会社が銀行振出の預手で受け取った。

5 被告人は第三次契約も昭和六二年四月期の決算に繰り込み、第一次ないし第三次契約として公表したとおりに被告会社の税務処理をし、判示のとおりの確定申告書を提出した。』

一 原判決は、右の点は「前掲関係証拠によると、以下の事実が認められ、当事者間にも争いがない」旨説示しているが、次の点において事実の誤認がある。

1 2の「被告人は本件土地を売却しようとして、……」とあるが、リクルートが売ってほしいと言うので被告会社がこれに応じたもので、被告会社が積極的に売却の働き掛けをしたものではない。

2 2の「四月中旬……本件土地の売買に関する合意が成立した」とあるが、最終的な合意が成立したのは、四月三〇日の直前で、しかも本件土地の売買だけ単独で合意が成立したものではなく、あくまでも、第二次及び第三次契約と同時に成立したものであって、本件土地契約のみが成立して、それを三つの契約に分けたものでは決してないのである。

3 3の「……予約証拠金として二億八〇〇〇万円を支払う請負予約契約を締結……」とあるが、「支払う」というのが、被告会社が受領するとの意味も含むとするならば、それは事実に反し、真実は、右金額を「預託」するという契約であって、「支払う」旨の合意では決してないのである。

4 3の「岡膳に五億九〇〇〇万円で売却することが決まっていた」とあるが、それが契約が成立していたという意味も含むとすれば誤りで、一応の合意にすぎず、正式契約としては、リクルートから、昭和ランマー、被告会社、岡膳と転売されたのが真実なのである。

5 3の「……被告会社及び昭和ランマーを介在させ……」とあるが、「介在」というのが単に形式的に存在するという意味をも含むとすれば、それは事実に相違し、真実は両会社は契約の当事者として、正当に存在しているのである。

6 3の「被告会社に実質的に一億一三〇〇万円の利益を帰属させることが決定された、」、及び4の末尾の「……その残りの一億一三〇〇万円を被告会社が銀行振出の預手で受け取った。」とあるのは誤りで、真実は「……その残りの一億一三〇〇万円のうち、三〇〇万円を被告会社が受け取り、一億一〇〇〇万円を昭和ランマーの代理人蛯名が受け取った上、同日(昭和六三年五月一日)昭和ランマーの土門義明が被告人個人に対して負担している約四億円に達する債務の一部弁済として、右金員を被告人が蛯名より受領した。」ということである。

7 5の「第三次契約も……第一次ないし第三次契約として、公表したとおりに被告会社の税務処理をし、判示のとおりの確定申告書を提出した。」とあるのは、「第三次契約のうち、被告会社の受領した三〇〇万円については、同社が昭和六三年四月期の確定申告の際所得として申告して、その納税をすませた。しかし被告人個人が受け取った一億一〇〇〇万円については、貸金の返済なので、所得として申告しなかった。ところが昭和六三年一〇月頃被告人が所轄の中野税務署より、右の一億一〇〇〇万円は被告会社の所得として申告すべきものであるとの指摘を受けたので、被告人は右金員を昭和ランマーの土門に返還し、同人がこれを被告会社に交付した。そこで同会社では平成元年四月期の確定申告の際、右金員を雑所得として計上して、それに関する法人税を納付した(弁第一号証)。」というのが真相である。

二 「争点に対する判断」の欄の一のその他の点は、原判決が説示したとおり間違いはない。

第二 原判決は、「争点に対する判断」の欄の二において次のように説示している。

『二 検察官は、「被告会社とリクルートの間で、被告会社がリクルートに対し本件土地を坪単価七九万円、総額九億四二九七万五〇〇〇円で売却するとの合意が成立し、公表上、これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにしたものである。したがって、被告会社はリクルートに対し右代金で本件土地を売却したものであり、被告人は、判示のとおり、架空仕入を計上するなどして被告会社の所得を秘匿し、虚偽過少申告に及んだ」旨主張している。

これに対し、弁護人は、「被告会社がリクルートに対し、いわゆる専有卸の形で本件土地を売却するとすれば、建物の原価が一〇億七〇〇〇万円であるから、租税特別措置法の法人税基本通達によれば、土地建物を一括売買した場合には、建物原価の一四二パーセント(土地転売利益を含めて)までは建物の譲渡利益と見做されて、土地重課が課されないので、それによれば被告会社は、仕入原価との差額として四億四九四〇万円を土地重課なしで利得することができる筈であった。しかし、国土利用計画法に基づく県の指導価格が坪当たり単価約四六万円(「四六万円」は誤り)しか出ず、リクルートの再販売価格についての利益基準の問題があったため、本件土地については、指導価格に従った坪単価約四六万円で売却する(第一次契約)ものの、右四億四九四〇万円から、本件土地の転売利益約五六四〇万円を除いた三億九三〇〇万円分の利益をカバーするため、リクルートは、第二次契約により二億八〇〇〇万円、第三次契約により一億一三〇〇万円の利益を被告会社に得させることになった」と主張し、「したがって、右の三契約はいずれも真実で、有効、適正に成立したものであって、被告人は架空仕入れを計上するなどして被告会社の所得を秘匿したことはない」と結論しており(第一回公判調書中の弁護人の認否部分及び弁論要旨二頁、三頁参照)、被告人(被告会社代表者)も公判においてこれに沿う供述をしている。』

一 右説示のうち弁護人の主張の冒頭に「……いわゆる専有卸の形で本件土地を売却するとすれば……」とあるが、専有卸の売買は、土地と建物とを一括して売買することを言うのである。しかも、本件は、建物が約二〇七〇坪であるのに対し、土地は約一二〇〇坪しかなく、建物が売買の中心であるのに、このことを全く無視して、始めから土地のみの売買であるとしか考えないで説示しているところに、原判決の根本的な誤りがあるものと言わなければならない。

二 「リクルートは第三次契約により一億一三〇〇万円の利益を会社に得させることになった」とあるのは、リクルートがそのような利益を終局的に被告会社に得させることになったとするのが正当である。

三 その他の両者の主張に関する説示については、その通り間違いない。

第三 原判決は、「争点に対する判断」の欄の三において、次のように説示している。

『三 そこで、右弁護人の主張及び被告人の公判供述について検討する。(以下1ないし4の数字は弁護人が挿入)

1 右主張によっても、被告会社からリクルートに移転したのは、本件土地の土地所有権のみであり、被告会社とリクルートの間の本件土地に関する取引はいわゆる専有卸(「占有卸」は誤り)の売買ではないこと、リクルートが被告人らのいう三億九三〇〇万円分の利益のカバーに応じたのは何故かといえば、それは本件土地の土地所有権を取得するからであるというほかないこと(会社間の不動産取引でこの部分が贈与などということはありえない)が明らかである。そうすると、右三億九三〇〇万円も本件土地の対価すなわち売買代金の一部であるということになる。また、右主張自体から、右三億九三〇〇万円(「三億九〇〇〇万円」は誤り)が、リクルートからの預り金や昭和ランマー株式会社の所得ではなく、被告会社にその利益として帰属したものであることも明らかである。してみると、右主張からは、弁護人がいうような結論を導くことはできないのであり、右主張はそれ自体失当というほかない。

2 そして、被告人の公判供述は右主張に沿うものである上、この公判供述によっても、本件土地取引の関係でこのような三つの契約を締結した(その間の関連性は口約束であり、契約書上は明らかにしていない)のは、被告人が国土利用計画法による指導価格及びいわゆる土地重課制度のことを念頭に置いたからである(前者についてはリクルート側の都合もある)ことは、否定しがたいところである。そうすると、被告人の公判供述は、実質的には、故意の点を含め本件公訴事実の全てを自認しているものといってよく、その上で、自分としては、国税当局等はあくまでこれらの契約書を尊重すべきであり、脱税をしたとは思っていないと述べているものと理解されるのであり、したがって、公判供述中の否認部分はただ違法性の意識の存在を争うという意味を有するにすぎないことになる。

3 被告人の公判供述中の右のような否認的部分は、それ自体極めて不自然な内容であるし、被告人の前掲各検察官調書における脱税の故意及び違法性の意識をも明瞭に認めた自白と対比して、到底信用することができない。右被告人の検察官調書、長谷部裕樹及び土門義明の各証言、添野哲雄及び蛯名秀清の各検察官調書をはじめとする前掲各証拠を総合すると、検察官が主張するとおり、被告会社とリクルートの間で被告会社がリクルートに対し本件土地を坪単価約七九万円、総額九億四二九七万五〇〇〇円で売却するとの合意が成立し、公表上これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにしたもので、被告会社はリクルートに対し右代金で本件土地を売却したものであることが優に認められ、被告人(被告会社代表者)に本件脱税についての故意及び違法性の意識があったことも疑う余地がないと判断される。

4 以上のとおりであって、弁護人の主張は到底採用することができず、被告人は、判示のとおり、架空仕入を計上するなどして被告会社の所得を秘匿し、虚偽過少申告に及んだものと認められる。』

右説示のうち、

一 1の冒頭において、「右主張によっても、被告会社からリクルートに移転したのは、本件土地の土地所有権のみであり」と説示しているのは、大いなる誤りである(その理由については後記三四頁(本資料の九八二頁)以下において説明する)。

1のその次の「被告会社とリクルートの間の本件土地に関する取引はいわゆる専有卸の売買でないこと」とする説示は、その通りである。即ち両者間において当初一応の合意に達した、専有卸による坪九八万三三〇〇円の土地、建物の一括売買が、指導価格が坪約四六万円という低い価格で出たために、ご破算になって白紙に返った。そこでその代案として、被告会社が本件土地の所有権のみを、指導価格でリクルートに売却することとしたのである(第一次契約)。故に右の取引が専有卸の売買でないことは当然である。

1のその次の説示において、「リクルートが被告人らのいう三億九三〇〇万円分の利益のカバーに応じたのは、本件土地所有権を取得するからというにほかないことが明らかである」としているが、これも大いなる誤りである(その理由については後記三五頁(本資料の九八三頁)以下において説明する)。

従って1の後半の、「そうすると、右の三億九三〇〇万円も本件土地の対価、すなわち売買代金の一部であるということになる。また、右主張自体から、右三億九三〇〇万円が、リクルートからの預り金や昭和ランマー(株)の所得ではなく、被告会社にその利益として帰属したものであることも明らかである。してみると、右主張からは、弁護人がいうような結論を導くことはできないのであり、右主張はそれ自体失当というほかない。」という説示も、大いなる誤りである(その理由については、後記三六頁(本資料の九八三頁)以下において説明する)。

二 2の前半の、「そして、被告人の公判供述は右主張に沿うものである上、この公判供述によっても、本件土地の関係でこのような三つの契約を締結した(その間の関連性は口約束であり、契約書上は明らかにしていない)のは、被告人が国土利用計画法による指導価格及びいわゆる土地重課制度のことを念頭に置いたからである(前者についてはリクルート側の都合もある)ことは、否定しがたいところである。」と説示している点について、両者が三つの契約を結んだのは、本件土地取引、即ち第一次契約の関係からであり、しかもその間の関連性は口約束だけで、契約書上は明らかにしていないのは、右説示の通りである。

そして第一次契約が指導価格に従って締結されたのは、両者が指導価格が出ればそれに従うという、当然の、明らかな合意が事前にあったからである。

また土地重課のことについては、初めの専有卸売買の際、被告人が土地重課にかからないギリギリの、本件土地、建物を一括した坪九八万三三〇〇円を提案して、リクルートがこれに応じて、両者間に一応の合意が成立した。そのときに被告人が右のように、土地重課のことを念頭に置いて交渉したのである。従って「三つの契約が締結されたのは、指導価格及び土地重課制度のことを念頭に置いたからである、」とする説示には誤りはない。

しかし2の後半の、「……そうすると、被告人の公判供述は、実質的には、故意の点を含め本件公訴事実の全てを自認しているものといってよく、その上で、自分としては、国税当局等はあくまでこれらの契約書を尊重すべきであり、脱税をしたとは思ってもいないと述べているものと理解されるのであり、したがって、公判供述中の否認的部分はただ違法性の意識の存在を争うという意味を有するにすぎないことになる。」という説示は大いなる誤りである(その理由については、後記三九頁(本資料の九八四頁)以下において説明する)。

三 右3の説示はすべて大いなる誤りである。とくにその中の「被告会社とリクルートの間で、被告会社がリクルートに対し本件土地を坪単価約七九万円、総額九億四二九七万五〇〇〇円で売却するとの合意が成立し、公表上、これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにしたもので、被告会社はリクルートに対し右代金で本件土地を売却したものであることが優に認められ、被告人(被告会社代表者)に本件脱税についての故意及び違法性の意識があったことも疑う余地がないと判断される。」と、起訴事実を鵜呑みにした説示の部分が最も重大な事実誤認なのである(その理由についても後記四二頁(本資料の九八六頁)以下において説明する)。

右の説示は本件における唯一、最大の争点に関するものであるから、弁護人らは次の四において、本件土地の売買の交渉において、第一次ないし第三次契約が締結されるに至るまでの経過、ならびに右三契約に基づく所得の確定申告とその納税につき詳細に申し述べ、その次の五において、右一、二、三の説示のうち「大いなる誤りである」とした部分、ならびに三のうち特に「最も重大な事実誤認である」とした説示につき、反論を加えたいと思う。

四 本件土地の売買の交渉において、第一次ないし第三次契約が締結されるに至るまでの経過、ならびに右三契約に基づく所得の確定申告とその納税について、

原審証人長谷部裕樹、添野哲雄(第三ないし第五回公判)、蛯名秀清、土門義明の各証言、及び被告人の原審公判廷における供述(第六ないし第九回公判)を総合すれば、次の事実を認定することができる。

1(一) リクルートは昭和六二年一月半ば頃、仲介人である藤和不動産の外井章次を通じ、被告会社所有の本件土地の存在を知り、それがマンションの適地であると思われたので、リクルートの長谷部が被告会社に対し、いわゆる専有卸の形式、即ち買主が売主より土地、建物を「一括」して購入する方式による購入方を申し入れた。この「一括」というのは、右売買の際既に建物が出来上がっているときは勿論、建物が出来上っていなくとも、後日建築確認を得た後に建物を建てて、土地と共に建物を引渡す場合をも含むのである。本件は後者の場合に当るので、専有卸による土地、建物の「一括」売買が勿論可能なのである。

(二) これにつき、リクルートと被告会社の両者間では、価格の点で種々交渉があったが、被告人は昭和六三年三月上旬、原審第六回公判調書の同人の供述の末尾添付の「土地重課の説明書」にある通り、「土地重課」にかからないギリギリの土地、建物合計二〇億一三〇〇万円余、坪九八万三三〇〇円でリクルートに売却するよう、本件の売買の衝に当っていた部下の添野に指示した。

(三) 右の(二)の「土地重課」というのは、土地単体で取引するときは、荒利益の二割と、純利益の六割五分(本税、地方税を含めて)とが併せて課税されるので、売主の手許には殆んど利益が残らず、時には赤字にさえなることがある。そこで業者は誰しも、土地重課にかからないよう腐心しているのであって、それは経済人としてなすべき当然のことである。被告人も平素から部下に対し「土地重課の対象となるような土地単体の取引は絶対にするな」と強く指示し、自らもこれを実行して来た。そこで本件についても、前記九頁(本資料の九七〇頁)の弁護人らの主張のように、専有卸の形式で土地、建物を一括して売却すれば、建物の原価が一〇億七〇〇〇万円であるから、租税特別措置法の法人税基本通達により、建物の原価の一四二パーセント(土地の転売利益を含めて)までは、建物の譲渡利益と見做されて、土地重課が課せられないので、被告人は、仕入れ原価との差額として、四億四九四〇万円を土地重課なしで利得することが出来る。それ故右のように、被告人は添野に対し、土地重課にかからないギリギリの、土地、建物合計坪九八万三三〇〇万円で売却するように指示したのである。

(四) 添野は被告人からの指示に基づき、土地、建物合計坪九八万三三〇〇円で売却する旨リクルートの長谷部に申し入れたところ、長谷部よりその額で売買に応ずるとの回答に接したので、ここに両者間に「一応の合意」が成立した。この「一応の合意」というのは、「その後で国土法による指導価格の申請をして、指導価格が出ればそれに従う」という意味で、このことは両当事者双方の当然の前提であったのである。

(五) この指導価格のことにつき一言したい。もし指導価格に違反した、指導価格以上の土地の売買をすると、国土法違反として、懲役刑、または罰金刑の処罰を受けることになる。被告人はこのことを十分承知しているので、そのときまで約一五〇〇回もの多数回にわたり土地の取引をしているが、すべて指導価格に従っていて、国土法違反になるような取引をしたことは一回もない。そこで本件についても、「指導価格が出ればそれに従う」という当然の前提の下に、被告人が添野をして、坪九八万三三〇〇円による土地、建物の一括売却をリクルートに申し入れさせ、リクルートもこれを了承して、両者間に「一応の合意」が成立したのである。

2(一) 右の「一応の合意」の直後の昭和六三年三月五日、リクルートが本件土地につき坪七〇万円で申請ということは、本件土地が坪約七九万円で両者間に売買の合意が確定的に成立したとする原判決の認定が誤っていることを、明白に物語っているものである。右申請当時リクルートは、坪六〇万円ないし七〇万円で指導価格が出るものと予想していた。

(二) ところが同月中旬頃、右申請に対する指導価格が坪約四六万円という、右のリクルートの予想より相当低い価格で決定された。

(三) しかしリクルートの方では、指導価格が坪約四六万円であれば、建物の再販売の指導価格も、それにつられて相当低く押えられる可能性が強く、そうなると、右の仕入価格についてのリクルートの社内の利益基準としては、せいぜい二億八〇〇〇万円しか出ず、前記九、一〇頁(本資料の九七〇頁)の弁護人の主張の中にある、本件土地、建物の一括売買による四億四九四〇万円の利得から、本件土地の転売利益約五六四〇万円を引いた三億九三〇〇万円の被告会社の利益から、右の二億八〇〇〇万円を除いた一億一三〇〇万円については、被告会社に利得させることが出来なくなった。

そこでリクルートでは、被告人に対し、さきに「一応の合意」に達した、本件土地、建物合計二〇億一三〇〇余万円(坪九八万三三〇〇円)(前記二一頁(本資料の九七五頁))のうちから、右の一億一三〇〇万円を値引きしてほしいと要請した。しかし被告人は、本件の取引がもともとリクルート側の強い要請に基づいて行われたもので、被告会社では本来の事業である。右土地の上に自ら戸建て建築をしてこれを他に売却しても、十分ペイする見込みがあったので、「値引きには応ぜられない。自分の方で戸建て建築をする」と言って、ハッキリと売却拒否の回答をした。そこでこの回答により、両者間に「一応の合意」に達した、専有卸の坪九八万三三〇〇円による本件土地、建物の一括売買は、完全にご破算になり、交渉が決裂して、一切が白紙に戻ったのである。

3 しかるところ、リクルートはマンション建設のために本件土地を入手することを、どうしてもあきらめられなかった。そこで被告会社がもし右の専有卸による売買が行われたならば、利得したであろう三億九三〇〇万円を「他の方法」でカバーするから、本件土地をぜひリクルートに売却してほしいと、改めて被告人に申し入れた。その「他の方法」即ち代案とは、次の三つの案である。

(一) リクルートは本件土地を、指導価格の坪約四六万円で被告会社より購入する(その契約が第一次契約である)。

(二) 被告会社が本件土地上に建物を建てるという請負予約契約をリクルートと締結した上、その請負予約証拠金として、前記のリクルートの社内規に抵触しないギリギリの二億八〇〇〇万円との同額を、リクルートが被告会社に預託する。そして右の証拠金は他日本契約を結んで、請負代金一三億五〇〇〇万円をリクルートが支払う際、無利息で請負代金に充当する。そこで右充当の暁、二億八〇〇〇万円は被告会社の所得となる(これが第二次契約である)。

(三) リクルートが岡膳に売却する予定であった浦和物件を被告会社に仕入値段で譲渡し、それを被告会社が岡膳に転売することにより、前記のリクルートの社内規に抵触する、残りの一億一三〇〇万円の利益を被告会社に得させる(これが修正されて第三次契約となったのである)。

4 右の提案に対し、被告人は被告会社の本来の目的である二八区画の戸建てを建築すれば、一区画の利益が一三〇〇万円であるから、計三億六四〇〇万円の利益を得ることが出来る。そうすると、それよりも多い三億九三〇〇万円を、被告会社の得べかりし利益として、リクルートがカバーするというのであるから、全般的には了承し得る提案であると考えた。そこで、

(一) 右の第一次契約には応ずる外はない(ただしこれは土地単体の売買であるから、土地重課を負担するのも止むを得ない)。

(二) 右の第二次契約については、リクルートが請負予約証拠金として、二億八〇〇〇万円を預託し、本契約成立時に請負代金として右金額を被告会社が取得するというのであるから、この点についても応ずることとする(ただしこれは税法上は前受金であるから、当面所得を申告する必要はない)。

(三) 右の第三次契約については、その売買が浦和物件の土地単体の取引で、土地重課にかかるので、被告人は一旦はその提案を拒否した。たまたまその直後、被告人個人に約四億円という莫大な負債を有する昭和ランマーの土門が、被告人より右の浦和物件の売買の話を聞き、「それではぜひ自分もその取引に関与して、それによって得た利益を、被告人個人に対する債務の返済に充てさせてほしい。その関与によって昭和ランマーが得た所得については、間違いなく税務署に申告するから」と、強く被告人に申し入れた。被告人としては、昭和ランマーが赤字会社であるから、右の関与によって同会社が得た利益については、法人税を払う必要がなく、又被告人がその利益を、土門の被告人個人に対する債務の返済として同人より受け取っても、それは所得にならないから、その申告をする必要がないことを知っていた。そこで被告人は節税の意味で、被告会社と昭和ランマーの土門の両者が浦和物件の取引にそれぞれ関与することとして、その旨を添野を通じてリクルートに伝えたところ、リクルート側もこれを了承して、第三次契約を結ぶこととした。その具体的内容は、前記四頁(本資料の九六七頁)以下にある通り、リクルートから昭和ランマーに四億五九三〇万円で、同社から被告会社に五億六九三〇万円で、被告会社から岡膳に五億九〇〇〇万円で、順次売渡す旨の売買契約を締結することとした。

このようにして、両者間において第一次ないし第三次契約を締結することが、最終的に合意されたのである。

5 なお、被告人が右の三契約の提案に応じた背景には、被告人が本件土地を管轄する大宮市役所の土木課の係官から度々聞いた、「指導価格には従ってほしい。その代り儲けは建物でしてほしい」という言葉がある。そこで被告人はその言葉に従って、右のように本件土地をリクルートに指導価格で売却するが、それによって得べかりし利益を、第二次契約の請負予約証拠金と、第三次契約の浦和物件の売買への関与による利益をリクルートでカバーするという、リクルートの提示した代案に乗ったのである。

もし原判決が認定するように、表向きは第一次契約により指導価格に従った取引をしているが、それによる被告会社の得べかりし利益をカバーするための第二次、第三次契約の存在が認められず、実際は指導価格違反の坪約七九万円による売買であるとするならば、被告人がその一員である建築業界では、右の大宮市役所の土木課の係官の言のように、十人が十人、皆指導価格には従うが、土地で得られない利益を、それにからむ建物等で利益を得る営業をしているのである。そうすると、右のような営業をしている右業界に所属する全員が、脱税犯として処罰を受けることになる。そんなバカなことは絶対にあり得ないのに、どうして被告人だけがそれが認められないで、脱税犯として処罰されるのか、その理由が全く分からないというのが、被告人のいつわりのない言い分なのである。

6 第一次ないし第三次契約が締結された具体的状況については、原判決の「争点に対する判断」欄の一の4(前記四、五頁(本資料の九六七頁))(本控訴趣意書の第一の一の6の訂正個所〔七頁(本資料の九六九頁)〕を含む)において、説示している通りである。

7 本件の三契約に基づく所得の確定申告とその納税について、

(一) 第一次契約については、被告会社は昭和六二年四月期の確定申告の際、土地売買による土地譲渡利益金として、一一二〇万二七九一円を所得に計上した上、それに関する法人税を納付した(添野の原審第五回公判における証言参照)。

(二) 第二次契約については、被告会社は予約証拠金として預かっているが、これは前受金、預り金なので、右の確定申告の際、所得として計上しなかった(ただし本契約が締結された際には、第二次契約の第二条第二項に従って、右の予約証拠金を請負代金に無利息で充当することになっているので、それによる所得を後日確定申告すべきことは当然である)。

(三) 第三次契約については、被告会社は同会社が得た三〇〇万円の所得につき、昭和六三年四月期の確定申告の際所得として申告した上、その納税をすませた。

しかし被告人が昭和ランマーの代理人の蛯名より受領した一億一〇〇〇万円については、前記七頁(本資料の九六九頁)以下の経過をたどって、被告会社が平成元年四月期の確定申告の際、雑所得として計上した上、その納税をすませた(弁第一号証)。

8 以上のような経緯で、当初専有卸形式により、坪九八万三三〇〇円で本件土地、建物の一括売買をするという合意が両者間に一応成立した。ところが本件土地の指導価格が坪約四六万円と決定されたために、リクルートの社内規に抵触して、一億一三〇〇万円の利益を被告会社にもたらすことが出来なくなった。そこでリクルートが右金額の値引きを被告会社に要請したが、同会社から拒否された。それ故右の坪九八万三三〇〇円の一括売買が完全にご破算になり、一旦は交渉が決裂したが、リクルートではマンション建設のため本件土地を何とかして入手したいと、非常な執念を燃やし、右の専有卸形式による売買の代案として、本件土地を単体で指導価格で購入するが、それによって被告会社が専有卸売買によって得る筈であった三億九三〇〇万円の利益を保証するため、第一次ないし第三次契約を結ぶことを新たに提案した。これにつき多少のいきさつがあったが、結局第一次ないし第三次契約を結ぶことを被告会社が応諾して、最終的な合意が両者間に成立した。その結果昭和六三年四月三〇日と翌五月一日の両日、右の三つの契約を締結して、それに基づく金員の授受をした。そして被告会社ではそれによる所得のうち、申告すべきものは申告して、その納税をすませたのである。従って右の三つの契約はいずれも真正に、有効、適正に成立しているのであって、それに基づく所得についても間違いなく確定申告の上納税している。それ故被告会社には本件につき何ら脱税の犯意もなく、又脱税の実行々為もないのである。

五 原判決の「争点に対する判断」欄の三の1ないし3の説示のうち、弁護人らが「大いなる誤り」、あるいは「最も重大な事実誤認」であるとした点に関する反論について、

1(一) 右三の1の冒頭に、「右主張によっても、被告会社からリクルートに移転したのは本件の土地所有権のみであり」と説示している点については、第一次契約により本件土地の所有権だけが移転したが、その際同時に、第二次契約により、本件土地の上に被告会社がリクルートより、マンション建築を請負って、完成の上リクルートに引渡すことにより、被告会社に二億八〇〇〇万円を利得させることとし、又第三次契約により、リクルートから岡膳に売却する予定であった浦和物件につき、昭和ランマーと被告会社とが関与することにより、両者に一億一三〇〇万円の利益を得させることにしたのである。原判決がこのことを全く無視しているのが、大いなる誤りであるとする所以である。

(二) その次の説示は、「リクルートが被告人らのいう三億九三〇〇万円分の利益のカバーに応じたのは何故かといえば、それは本件土地の土地所有権を取得するからであるというほかないこと(会社間の不動産取引で、この部分が贈与などということはありえない)が明らかである。」となっている。

右の説示をそのまま読めば、被告人はもともと本件の土地代金のみで三億九三〇〇万円の利益を得ようとしていたかのように見受けられる。しかし三億九三〇〇万円の利益は専有卸、即ち土地と建物との一括売買による両方の利益(大半は建物の利益)であって、決して土地だけで右の利益を得ようとしたものではない。

そして、前途の通り(二四頁(本資料の九七七頁)以下、三二頁(本資料の九八一頁)以下)、土地、建物を一括した専有卸の売買の交渉が決裂して、その代案として、被告会社がリクルートに本件土地を指導価格で売却し(第一次契約)、その上被告会社が右土地の上にマンションを建築して、その請負代金として右の利益のうちの二億八〇〇〇万円を同会社に得させ(第二次契約)、又浦和物件の取引に被告会社と昭和ランマーが関与することにより、右の利益の残りの一億一三〇〇万円を右の両者に得させる(第三次契約)こととした。従って土地単体だけの取引の話など、最初から最後まで被告会社とリクルートとの間に、全然話題に上らなかったのである。原判決は何故このような重大なことを無視するのであろうか。これが大いなる誤りであるとする所以である。

(三) その次の、「そうすると、右三億九三〇〇万円も本件土地の対価、すなわち売買代金(これが坪約七九万円であることは、次の3の説示から見ても明らかである、弁護人加筆)の一部であるということになる。また、右主張自体から、右三億九三〇〇万円が、リクルートからの預り金や昭和ランマーの所得ではなく、被告会社にその利益として帰属したものであることも明らかである。してみると、右主張からは、弁護人がいうような結論を導くことはできないのであり、右主張はそれ自体失当というほかない。」という説示は大いなる速断で、明らかな事実の誤認である。

右の三億九三〇〇万円は、右に述べたように、かりに専有卸の売買が実現していたとするならば、被告人が得たであろう利益を、リクルートが保証すると申し入れて実現した金額で、そのうち二億八〇〇〇万円は、リクルートの社内規で容認されているギリギリの金額である。これを第二次契約の請負予約証拠金として被告会社に預託した上、他日本契約が結ばれた際に、請負代金に無利息で充当することになっている。また残りの一億一三〇〇万円は、リクルートの社内規からハミ出す金額なので、第三次契約のように、リクルートが同社が所有する浦和物件を、昭和ランマーと被告会社を通して、岡膳に売ることにより、前者が一億一〇〇〇万円、後者が三〇〇万円の利益を得るようにしたものである。従って三億九三〇〇万円が、右説示が述べているように、本件土地の売買代金の一部として、被告会社に帰属したものでは断じてない。右に述べたように、そのうちの二億八〇〇〇万円が「リクルートからの預り金」(第二次契約)で、残りのうち、一億一〇〇〇万円が「昭和ランマーの所得」、三〇〇万円が被告会社の利益(第三次契約)なのである。して見れば、右の弁護人らの主張から、弁護人らのいうような三契約がすべて真正で有効であるとの結論が、当然のように導き出されるのであって、右の主張は正しく正当である。従って、「右主張はそれ自体失当というほかない」とする説示は、大いなる速断であって、事実誤認の甚だしいものであるというの外ないものである。

2 右三の2の説示の後半は、「そうすると、被告人の公判供述は、実質的には、故意の点を含め本件公訴事実の全てを自認しているものといってよく、その上で、自分としては、国税当局等はあくまでこれらの契約書を尊重すべきであり、脱税をしたとは思っていないと述べているものと理解されるのであり、従って、公判供述中の否認部分はただ違法性の意識の存在を争うという意味を有するにすぎないことになる。」となっているが、これはとんでもない誤解である。

被告人は原審の公判廷において、実質的に故意の点を含めて、本件公訴事実、即ち、被告会社が本件土地を坪約七九万円でリクルートに売却した、ということのすべてを自認したことは全然なく、全面的に否認しているのであって、もとよりそのような故意など全くなかったと供述しているのである。

即ち、被告人は前述のように、専有卸による本件土地、建物を一括した坪九八万三三〇〇円の売買がご破算になって白紙に返った代案としてまとまった第一次ないし第三次契約が、真正に、有効、適正に両者間に成立したのであるから、国税局や地検の捜査当局に対し、あくまでもこれらの契約書を尊重すべきであり、その三契約に基づき確定申告や納税をすました被告人としては、何ら脱税をしたとは思っておらず、脱税行為もしていないと主張し、このことを原審公判廷においても強く主張しているのである。従って「公判供述中の否認部分からは、ただ違法性の意識の存在を争うという意味を有するに過ぎないことになる。」という説示も誤りで、被告人の右の原審供述中の否認の部分は、単に違法性の意識の存在を争うのみでなく、公訴事実のすべてにつき、その故意や実行々為を争っているのである。

3(一) 右の三の3の説示の冒頭は、「被告人の公判供述中の右のような否認的部分は、それ自体極めて不自然な内容であるし、被告人の前掲各検察官調書における脱税の故意及び違法性の意識をも明瞭に認めた自白と対比して、到底信用することができない。」となっている。

被告人の原審公判中の否認の部分は、公訴事実の全部を争っているのであるから、それ自体何ら極めて不自然な内容でなく、被告人が体験した、「過去の唯一の真実」を率直に、ありのままに供述しているのである。又「被告人の前掲各検察官調書」とは、原判決の「証拠の標目」欄の「被告人の検察官に対する平成四年五月二九日付(八丁のもの)、同月三一日付及び同年六月三日付各供述調書」を指すものと思われるが、それらの各検察官調書は脱税の故意及び違法性の意識をも明瞭に認めた自白調書である。

しかしこれらの自白調書は後述するように(八四頁(本資料の一〇〇六頁)以下)、何れも任意性ならびに信憑性がないのであるから、被告人の原審公判中の否認の部分が、右の自白調書と対比して、到底信用することができないとするのは大きな誤りで、逆に自白調書こそ到底信用することができず、却って右の被告人の原審公判中の否認の部分こそ、最も信用するに足りる供述なのである。

(二) 右の三の3の説示のその次は、(<1>ないし<5>は弁護人が加筆)「<1>右被告人の検察官調書、<2>長谷部裕樹の証言、<3>土門義明の証言、<4>添野哲夫の検察官調書、<5>蛯名秀清の検察官調書をはじめとする、前掲各証拠を総合すると、検察官が主張するとおり、被告会社とリクルートの間で、被告会社がリクルートに対し本件土地を坪単価約七九万円、総額九億四二九七万五〇〇〇円で売却するとの合意が成立し、公表上、これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにしたもので、被告会社はリクルートに対し、右代金で本件土地を売却したものであることが優に認められ、被告人(被告会社代表者)に本件脱税についての故意及び違法性の意識があったことも疑う余地がないと判断される。」となっている。

右説示のうち「公表上これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにした」とあるが、とくに「公表上」という言葉が、具体的に如何なることを意味しているのか、必ずしも的確には理解しがたいが、前記三七頁(本資料の九八三頁)の、「右三億九三〇〇万円が、リクルートからの預り金や昭和ランマーの所得ではなく、被告会社にその利益(即ち本件土地の坪七九万円による売買代金の利益、弁護人加筆)として帰属したものであることも明らかである」という説示とを併せ考えると、検察官の冒頭陳述書の第三の2犯行状況等の項、ならびに原審における論告要旨にある通り、被告会社とリクルートの間で、右の三つの契約を、実際上は存在しないが、表向きの公の発表では、存在しているもののように、三契約の形態にして仮装したものである、と考えるより外には考えようがない。

そこで右説示の冒頭にある各証拠のうち、<1>被告人の検察官調書の任意性と信憑性については、後述(八四頁(本資料の一〇〇六頁)以下)の第四において詳説することとして、その余の<2>ないし<5>の各証言ならびに検察官調書の信憑性や特信性について、次に申し述べることとする。

(1) 長谷部の原審における証言について

長谷部は原審当公判廷において証言した際、同証人は始めは検察官の問いに答えて三回にわたり、「本件の取引は真実は堀崎町物件の坪七九万円による売買で、第一次ないし第三次契約が仮装で、第二次契約の予約証拠金の二億八〇〇〇万円は実際は右物件の売買代金の一部である」と述べたが、その後東弁護人のいわゆる九者会談(後述七三頁(本資料の一〇〇一頁)以下)に関する反対尋問に会うや、全く予想外の尋問で、晴天のヘキレキのように思ったのか、右の会談の事実をあっさり認め、その上前言を覆して、以上の三個の契約がすべて事実であって、有効、適正に締結せられたものであることを明白に認めた。その反対尋問の詳細は平成五年八月二日付の弁護人の意見書第二の三の1以下(五枚目以下)に記載した通りである。そこで検察官の問いに答えて、起訴事実に添う陳述をした長谷部の証言は、右の反対尋問により、太陽の前の霜のように、忽ちにして消え去ってしまったのである。

そこで原審における長谷部の証言は、原判決が認定するような、被告会社が本件土地を坪約七九万円でリクルートに売却し、公表上これを三つの契約の形態をとるように仮装したとする事実の裏付証拠とすることは出来ない。

(2) 土門義明の原審における証言について

右証人は、浦和物件の売買への関与につき、間違いなく税務当局に対し、それによって得た所得を申告して、税務処理をすませようと考えていたこと、及び昭和ランマーは被告会社のダミーでなくて独立した会社であって、浦和物件の売買が有効に成立している旨証言している。そこで右証言も(1)の長谷部証言と同じく、原判決認定のような、本件土地が坪約七九万円の取引で、三つの契約が公表上この事実を仮装したことの裏付証拠とすることは出来ない。

(3) 添野と蛯名の両検察官調書について

先ず、右両調書に関し、刑訴法第三二一条第一項第二号後段の検察官調書の特信性について申し述べたい。原審裁判官がこの法文を字義通りに厳格に解釈し、真に特信性のある検察官調書のみを証拠として採用していただかなければ、伝聞調書排斥の原則、公判中心主義という刑訴法上の根本原則に背いて、検察官調書が安易に公判廷でまかり通って、誤判を生む最大の原因になりかねない。そこで弁護人らは原審検察官の申請にかかる添野、蛯名の両名の各検察官調書につき、右両名の原審における証言との食違い個所及び特信性の有無につき、原審において、詳細な平成五年五月二日付の意見書を提出した。そしてその中の第二において、右両名の検察官調書に特信性がないことを詳しく陳述した(右意見書の一枚目から五枚目まで参照)。

そしてその結論として、添野の検察官調書については、次のように述べた。

「添野証人は、被告会社の被告人を始めとして、社員の全員が逮捕されるようなことになれば、被告会社は潰れてしまい、そうなると被告人らが二〇数年間孜々営々として築き上げて来た信用や財産等が一瞬のうちに失われ、社員やその家族が路頭に迷って、取引先にも多大の迷惑を及ぼすことになる。そこでそうした最悪の事態を回避するため、この際は検察官の強圧に屈して、心ならずも起訴事実に添うような記載のある供述調書に、署名、押印するより外に道がないと考えて、右の調書が作成されたのである。従って検察官が、『検察官調書に署名、押印している以上は、そのこと自体からでも検察官調書の内容が真実を吐露したものである』と速断しているのは全くの誤りで、かえって添野証人の当公判廷における供述こそ、正に『真実を吐露した』証言であると言うべきである。」

又蛯名の検察官調書についても、次のように述べている。

「蛯名証人も添野証人と同じく、東弁護人の指示に従って真実を述べようとしたが、検察官がこれを聞き入れず、さんざん怒られたり、『拘置所へ入れる』などと脅かされたりしたので、これ以上起訴事実を認めないで抵抗すると、被告会社から多くの逮捕者が出て、会社が潰れてしまう危険性が大きくなるので、真実と反する虚偽の調書であると知りながら、やむなくその調書に署名、押印したのである。従って蛯名証人が右の調書に署名、押印したことの一事をもって、『そのこと自体からでも、検事調書の内容が真実を吐露したものである』とは、到底速断することができない。かえって蛯名証人の当公判廷における供述こそ、正に『過去における唯一の真実を吐露した』証言であると言うべきである。」

即ち添野、蛯名の両名は共に捜査段階において、水野検事の取調を受けたが、始めは東弁護人の指示に従って、本件は三個の契約通りの取引をしたのであると真実を述べた。しかしどうしても聞き入れてくれず、本件は坪約七九万円の売買であるという告発事実を認めろと、水野検事よりさんざん強要されたが、数日間これに抵抗して頑張った。ところがその直後の平成四年四月二七日に、たまたま地検の待合室で添野が被告人に会ったところ、同人から「自分が井内検事に対し告発事実を認めた調書に署名しないと頑張ったら、同検事から、『それならば、社長を始め、店長、事務員にいたるまで全員逮捕する。そうなったらお前の会社は間違いなく潰れるぞ』と強く脅かされたので、やむなくそれに屈して調書に署名、押印した。そこで君も水野検事につっぱることを止めて、告発事実の通りのことが書かれている調書に署名せよ」と指示されたので、自分の記憶と異なっているが、調書に署名、押印をした。又蛯名も前同日の朝被告人より、電話で右と同様の趣旨の指示を受けたので、真実とかけ離れた調書であると知りながら、その調書に署名、押印したのである。

一方原審公判廷においては、添野、蛯名の両名とも、本件は三つの契約通りの売買で、坪約七九万円で売買したというのは虚偽、架空で、そんな事実は全くないと、真実を明白に証言している。

これをもってすれば、添野、蛯名両名の各検察官調書が原審公判廷における証言に対し、明らかに特信性がないのにかかわらず、原審裁判官がこのことに深い考慮を払わず、軽々にこれらの調書に特信性があるとして、それを証拠に採用して、原判決認定事実の根拠にしたのは、大いなる誤りである。

以上(二)の(1)ないし(3)(四四頁(本資料の九八七頁)以下)において申し述べた通り、被告人、添野、蛯名の各検察官調書は、いずれも任意性、信憑性ないし特信性がないので、原判決が認定した、本件土地を坪約七九万円で売買したという事実の裏付証拠とすることは出来ない。又長谷部ならびに土門の両証言は、前述のように三契約が真正に成立したものであることを証言しているので、これを原判決認定事実の裏付証拠とすることも同じく間違いである。

故に「右<1>ないし<5>の各証拠を総合すると、両社間で本件土地を坪七九万円で売買する合意が成立し、公表上これを三契約の形態をとることに仮装したもので、被告会社はリクルートに対し、坪七九万円の右代金で本件土地を売買したものであることが優に認められる」とし、更に「被告人に本件脱税についての故意及び違法性の認識があったことも疑う余地がないと判断される」とした原判決の説示は、絶対に間違いである。

(三) 右五の3の(二)(四二頁(本資料の九八六頁)以下)で述べた原判決の説示の要点は、

(1) 被告会社が本件土地を坪約七九万円でリクルートに売却したものであること、

(2) 第一次ないし第三次契約は、実際には存在しないのに、公表上、存在しているもののように、三契約の形態にして仮装したものであることの二点である。この二点は本件の争点の核心をなすものであるから、右の二点につき更に深く掘り下げて、批判を加えることとする。

(1) 被告会社が本件土地を坪約七九万円でリクルートに売却したものであること。

これは既に申し述べた通り絶対に間違いで、被告人がリクルートに対し、始めから終わりまで、本件土地を単体で、坪約七九万円で売却するように申し入れたことは、唯の一回もない。そうではなくて、前述の通り(二三頁(本資料の九七七頁)以下)、被告会社とリクルート間において一旦は合意に達した。専有卸による坪九八万三三〇〇円の売買の交渉が決裂したが、あくまでもマンション建設のために本件土地の入手に執着したリクルートが、その代案として提示した第一次ないし第三次契約が、両者間においてまとまり、その結果、被告会社が本件土地を指導価格の坪約四六万円でリクルートに売却した(第一次契約)のが、「唯一つしかない過去の真実」なのである。原判決がこの重大なる事実を全く顧慮せず、ただ、漫然と、被告会社がリクルートに本件土地を坪約七九万円で売却したと認定したのは、致命的と申すべき重大なる事実誤認である。

坪約七九万円という数字は、当初両者間に一応の合意に達した、土地、建物を一括した坪九八万三三〇〇円のうち、坪一九万三三〇〇円の建物の原価を差し引いた数字で、これは土地プラス建物の利益である。それが「土地代坪約七九万円」として独り歩きをし、検察官が、これが土地の代金に間違いないと軽々に速断し、原判決もこれを鵜呑みにして、土地代金が坪約七九万円であると誤認したのである。

被告人が本件土地を坪約七九万円でリクルートに売却する筈がないことは、次の三つの事実からもハッキリ言える。

ア 被告人は平素から、「土地重課の対象になるような、土地単体の取引は絶対にするな」と部下に強く指示し、自らもこれを率先して実行して来た。このように節税に努力することは、経済人としてなすべき当然の行為である。ところがもし本件土地を、単体で坪約七九万円でリクルートに売却するとしたならば、原判決の「罪となるべき事実」欄中の別紙「ほ脱税額計算書」中の「14土地譲渡税額」にあるように、一億〇九四三万四八〇〇円もの巨額の土地重課が課せられて、被告会社の利益がほとんどなくなり、赤字になる可能性すら出て来る。被告人はこのように巨額の土地重課がかかることを十分知っていたのであるから、見す見す本件土地を、単体で坪約七九万円でリクルートに売るようなバカなことをすることは、絶対にないのである。

イ 被告人は前述の通り(二三頁(本資料の九七六頁)以下)、それまで約一五〇〇回もの土地の取引をしているが、指導価格を超過した、国土法違反になるような取引をしたことは唯の一回もない。ところが本件において、被告人がもし坪約七九万円で売買をしたとするならば、指導価格より坪約三三万円も超過した、明白な国土法違反の取引となって、懲役刑又は罰金刑の処罰を受けることになる。被告人がこんな危ない橋を渡ってまで、リクルートに本件土地を売るようなバカなことをすることは、これ亦絶対にないのである。

ウ もし被告人が本件土地を単体で坪約七九万円でリクルートに売ったとするならば、その旨の契約を書面で取り交わすのが通常で、このような巨額の取引を書面を作らないで、口頭だけですますようなことは絶無であると申しても過言ではない。しかるに本件については、捜査段階で東京国税局の査察官や井内検事が被告人に対し、「坪約七九万円の売買契約書を出せ」と執拗に迫ったが、そんなものはもともと始めからないので、被告人は繰り返しその旨を述べて抗弁したため、査察官や井内検事も最後は、始めからそんな契約書などなかったものであることを、認めざるを得なくなって、追求をあきらめた経緯がある。

原判決の右の坪約七九万円で売買したという認定の根拠については、原判決の説示は、前記「<1>ないし<5>の各検察官調書、又は証言」のほかに明示するところがないが、原審の論告要旨は第一の二の(5)において、リクルートが坪七九万円の買付証明書を被告会社に交付したこと、及び被告会社が仲介業者の藤和工務店の外井に支払った仲介料が、実質的には二七〇〇万円であるが、これは本件土地の売買価格坪約七九万円の約三パーセントの手数料に当ることの二つを、坪約七九万円の本件売買の根拠としている。原審裁判官が原判決認定の根拠として、右の二つのことを考慮に入れたのではないかと思われるので、以下この二つの事実につき反論することとする。

あ 買付証明書の問題については、弁護人らが原審において提出した、平成五年八月二日付の意見書の第二の三の3(始めから九枚目)において詳しく述べておいたが、その要点を次に再び申し述べることとする。

さきに申した通り、当初両者間において、本件土地と建物とを一括した、専有卸による坪九八万三三〇〇円の売買が一応成立した。そこで被告会社の融資先の日債銀新宿支店から、買付証明書の交付の要請があったので、添野が外井を通じ、リクルートの長谷部に対し、買付証明書を依頼したところ、同人から土地代金坪七九万円という買付依頼書を受取った。添野は長谷部が右のように土地代金を坪七九万円としたのは、右の坪九八万三三〇〇円から建物の原価を引いた、土地代プラス建物の利益の坪約七九万円を算出する計算が繁雑なので、それを簡略化して、単に土地代金を坪七九万円としたもので、土地代金そのものではないと理解した。同人はその上でこれを日債銀新宿支店に送付した。なお土地等の不動産の取引に当ってはその取引が最終的に確定するためには、必ず売主が買付証明書に対応する売渡証明書を買主に交付するのが通例であるのに、売主の添野はこの売渡証明書を買主の長谷部に交付していない。これはこの段階で、その売買が単なるリクルートの一方的な申入れ(いわば片思い)に過ぎなくて、両者間で最終的合意が出来てなかったことを明白に物語るものである。

以上のことからすると、右買付証明書に記載された「土地代坪七九万円」とあるのは、本件土地の売買が両者間において、坪約七九万円で確定したことを証明するものでは決してなく、右の坪約七九万円が、本件土地が第一次契約によって、指導価格の坪約四六万円で最終的にまとまるまでの途中において、一応合意に達した。土地代と建物の利益とを合わせた価格に過ぎないのである。故にこの買付証明書を本件土地が坪約七九万円で売買されたことの証拠とするのは、大いなる誤りである。

い 被告会社が仲介業者の藤和工務店の外井に支払った仲介料の問題については、真実は次のとおりである。

即ち、第一次ないし第三次の契約締結後、被告会社は外井に対し、第一次契約の仲介手数料として一五〇〇万円、第二次契約の開発企画料として一二〇〇万円、合計二七〇〇万円を支払った。そのうち後者については、被告会社が外井より、本件土地につき六米の土地の買増しにより、マンション建設が可能である旨のアドバイスを受け、これが成功の暁には、建物建築代金一〇億七〇〇〇万円の粗利益四二%の四億五〇〇〇万円の一割、四五〇〇万円のうち、一二〇〇万円を外井に支払う旨の約束が、被告人と外井との間に出来ていたので、それに基づいて支払ったものである(残りの三三〇〇万円のうち、丸善に三〇五三万円、ダイエー商事に二四七万円をそれぞれ支払った)。

従って被告会社が外井に支払った仲介料が実質的に二七〇〇万円で、これが本件物件の坪約七九万円の売買価格の約三%の手数料に当るとするのは誤りである。それ故この仲介料が本件土地の坪約七九万円の売買の裏付けになるという、原審の論告要旨の主張もそのいわれがない。

以上の諸点を総合考察すれば、被告会社が本件土地を坪約七九万円でリクルートに売却したことは絶対になく、真実は、第一次契約の通り、指導価格の坪約四六万円で売却したものであることが、明白になったと信ずる。

(2) 第一次ないし第三次契約は、実際には存在しないのに、公表上、存在しているもののように三契約の形態にして、仮装したものであること。

ア 第一次ないし第三次契約の各契約書の体裁、内容をつぶさにご観察いただければお分かり下さるように、三契約書とも完全に体裁が整っていて、取引に関与した各社の代表者である社長と、仲介人とがそれぞれ最後に正規の署名、押印をしていて、何等間然するところはない。そこで、これらの契約書がいずれも真正で、有効、適正であると信ずるのが、一般社会の当然の常識である。又それらの各契約書は内容的にも十分整っていて、表向き仮装であると思わせるようなところは少しもない。ただし、念のため第二次契約につき、それが真正で、有効、適正な契約であることを証明するために、次にその契約書の内容の逐条的説明をすることとする。

あ 第一条(請負の予約)につき、

本件については、本件土地の上にマンションを建築するにつき、契約締結当時、開発許可(農地轉用の許可と、マンション建築の許可)も建築確認も得ていないので、本契約を結んで建築に着手することが出来ない。そこで予約を結ぶしか方法がなかったので、このように「請負の予約」を締結したのである。そしてもし将来マンション建設の開発許可が得られなかったときは、第一〇条第三項、第四項に則り、直ちに予約契約を解除して、予約証拠金を無利息でリクルートに返還することとなる。

い 第二条(予約証拠金)につき

この二億八〇〇〇万円は、被告会社が指導価格に従ったため得べかりし利益の三億九三〇〇万円のうち、リクルートが社内規でカバーし得る最高限の価格である。そしてこれを予約証拠金として、リクルートが被告会社に預託するということにしたのである。従ってその性質は預り金、前受金であるから、被告会社が所得として申告する必要がない。ただし第二項で、右の証拠金はリクルートが被告会社に対し、第八条(契約書にある第七条は誤り)第一項の請負代金一三億五〇〇〇万円を支払う際、請負代金に無利息で充当することとなっている。そこで、右充当の暁には、二億八〇〇〇万円は被告会社の所得になるので、それを申告すべきことは当然である。

そして第九条(請負代金の支払方法)によれば、リクルートは被告会社に対し、第四条第一項の本契約締結の日に右の予約証拠金を請負代金に充当し、その残代金は、被告会社と下請業者との間に定まる建設工事代金支払方法に応じて支払うことになっている。そうすると、右充当後の残代金は一〇億七〇〇〇万円となって、第六条但書の下請代金と一致する。この残代金即下請代金は、契約時に三分の一、上棟時に三分の一、完成時に三分の一をそれぞれ支払うのが、業界一般の慣行であるから、恐らく請負業者の被告会社と下請業者の間でも、右の慣行に従って、約三億六〇〇〇万円づつを、三回にわたって支払うこととなるであろう。そこで予約証拠金の二億八〇〇〇万円が巨額なもので、これを被告会社が、建物も何も建っていないときに一度に預かったことが常識外れで、普通にはあり得ないことであると、もし疑う者があるとすれば、それは甚だしい誤解で、被告会社が右の下請代金の三分の一の約三億六〇〇〇万円より約八〇〇〇万円少ない二億八〇〇〇万円を、建築に着工する以前の段階で、予約証拠金としてリクルートより一度に預かることは、これ亦業界一般に行なわれている慣例に従った、常識の範囲内での行為に過ぎないのである。

う 第三条(抵当権設定)

これによれば、被告会社はリクルートが予約証拠金の預託をしたので、その証拠金返還請求権を担保するため、本件土地にリクルートに対し、抵当権設定登記をすることになっている。被告会社はこれに従い、第二次契約締結後直ちに右の登記をした。このことは証拠金が預り金であって、原判決が認定するような、本件土地の売買代金の一部でないことを明白に示している。

え 第四条(請負契約の締結)

第一項の建築確認については、被告会社は開発許可と共にその取得をリクルートに委せたが、リクルートでは第二次契約締結当日から半年後の、昭和六二年一〇月三一日までに、建築確認(その前提としての開発許可)を取得できると安易に考えたのか、右の一〇月三一日を「目途」即ち努力目標に、建築確認を取得したときは、本契約を締結するとしている。ところが現実には、右の日時より四年一〇ヶ月も遅れた平成四年八月に開発許可、それより七ヶ月経った平成五年三月五日に建築確認が下りた。右のように開発許可が下りるのが遅れたことについては、原審において証人の長谷部は、「近隣折衝であるとか、開発、土地の交換等々の問題点があったために、四ないし五年間という期間を経てしまった」と証言しているが、仄聞するところによれば、リクルートと近隣の住民との間で駐車場の設置につき紛争が起り、これが解決するまでに、右のように四年一〇ヶ月もかかった由である。ただしこのような紛争は、本件のような大型マンションの建設の際にはあり勝ちのことで、その解決のために四年一〇カ月位かかることは、何ら異とすべきものではない。ただ昭和六二年一〇月三一日を「目途」としたことは、リクルートの見通しの甘さを物語るものではあるが、開発許可、建築確認の取得をリクルートに委せた被告会社にとっては、このことにつき云々されることは絶対にあり得ないのである。

お 第五条(本件建物の概要)

これについては、特に言うことはない。

か 第六条(本工事の内容)

本条但書の下請代金一〇億七〇〇〇万円のことについては、前記の「い」で述べた通りである(六四頁(本資料の九九六頁))。

き 第七条(工事の日程)

これについては、「<1>建築工事着手、昭和六二年一一月末日、<2>竣工(検査済取得日)、昭和六三年一〇月末日を目途として、リクルートが本工事を遂行することができるようにする」となっている。この日程の目途については、前記六六頁(本資料の九九七頁)の第四条第一項の建築確認取得の目途を昭和六二年一〇月三一日としたのと同様、リクルートではスピーディーに、簡単に開発許可も建築確認も取れると安易に考えて、そのような着工ならびに竣工の日を「目途」、即ち努力目標として設定したものではなかろうかと思う。ところが現実には、前記のように(六六頁(本資料の九九七頁))、ようやく平成五年三月五日に建築確認が下りて、着工することができるようになった。そのような目算外れになったのは、開発許可、延いては建築確認が遅れたことに基因するもので、この種の本工事にはあり勝ちのことである。又このことにつき、被告会社に何の責任もないことは勿論である。従って、もしこの工事日程が「目途」よりずれたことをもって、第二次契約が仮装のものであるとする理由の一つに挙げる者があるとすれば、それは甚だしい誤解であるというべきである。

く 第八条(本工事の請負代金)

第二項の下請代金の増減を請負代金にかぶせることについては、二億八〇〇〇万円の利益をリクルートが被告会社に保証するというだけのことで、契約自由の原則上、そのようなことが許されるのは当然である。

け 第九条(請負代金の支払方法)

これは前記の「い」で述べた通りである(六四頁(本資料の九九六頁)以下)。

こ 第一〇条(解除)

この点については、特に言うことはない。第三項、第四項については前記「あ」で述べた(六三頁(本資料の九九五頁))。

さ 第一一条(定めなき事項)

この点についても、特に言うことはない。

イ もし第一次ないし第三次契約が表向き虚偽、仮装の契約で、実質は本件土地の坪約七九万円の売買であるとするならば、被告人を始めとして、右三契約の締結に立会った関係者全員が、その旨を認識した上で締結すべき筈である。ところが右の被告人を含む全員が、誰一人として、右三契約が仮装、架空で、実際は本件土地の坪約七九万円による売買で、第一次契約の指導価格による坪約四六万円の売買が虚偽、又第二次契約の二億八〇〇〇万円、及び第三次契約の一億一三〇〇万円が、いずれも右の坪約七九万円による売買代金の一部であるとは、夢想だにしておらず、それらの三契約がすべて裏も表もない、全くの真実で、有効、適正に締結せられた契約であると確信していた。とくに第一次、第二次契約については、その原案を事前にリクルートの顧問弁護士二名と、法務課員が作成し、これをファックスで被告会社に送付して来たので、被告人や添野が、法律の専門家が作ったので間違いないものであるとすっかり信用して、右の原案に賛同したのである。そこでそれらの二契約が、表面をカモフラージュした虚偽、架空の契約であるとは想像だになし得なかったのである。

ウ 第二次契約については、被告会社にマンションを建設するために必要な資格条件である特別免許(略して「特免」という)がないのに、両者間において同契約を結んだことにつき、右契約当時特免の有無など両者間に全然問題にならず、両者ともこれを重視していなかった。ところが国税局の査察段階で始めてこのことが問題になり、査察官は「被告会社に特免がないから、第二次契約は仮装である」と主張し始めた。しかし被告人がその後このことを都庁の担当者に問合わせたところ、係官は「当事者双方が特免がないことを了承しているのであれば何ら問題はないから、都としてはこのことに介入するつもりはない」という回答であった。従って被告会社に特免がないからといって、第二次契約が仮装、架空であるというのは、大いなる誤りである。

右の特免の問題については、第一次ないし第三次契約の締結後、リクルートと被告会社間において、次のような交渉が重ねられた経緯がある。

(あ) 平成四年二月末頃長谷部より添野に対し、「被告会社には特免がないが、被告人の実兄の飯田一男社長が経営する伏見建設が特免を持っているので、被告会社が右の伏見建設とジョイント・ベンチャーを組んで本件の建築をやってほしい。」という申し入れがあった。そこで同年三月一二日に被告会社から被告人、添野、蛯名、加藤の四名、リクルートから長谷部ほか一名、辰村組から三名、計九名が被告会社の本店に集合して、いわゆる九者会談を開いた。その会談の趣旨は、近く開発許可が下りるので、右のように被告会社が有しない特免をどのようにクリヤーして、リクルートが本件のマンション建設を被告会社に発注するか、ということを協議するためのものであった。そしてその際特免を有する辰村組が、被告会社とジョイント・ベンチャーを組んで受注する案が、右被告会社と伏見建設がジョイントを組む案以外に新たに浮かび上ったが、その場では結論に達しなかったので、右の案をそれぞれ自社に持ち帰って検討した上又集まろう、とういうことになって散会した。しかしこのような会合はそれ切りになっていて、その後は現在にいたるまで開かれていない。

(い) 本件の開発許可が平成四年八月に下りたのに引きつづき、建築確認が平成五年三月五日に下りたが、その後同月二二日付にて、リクルートより被告会社に対し、通知書が送られて来た(弁二号証の一)。それによると、「被告会社には特免がないから、本件マンションの請負契約は発注自体不能である。故に第二次契約は履行不能と確定した」とあった。これはリクルートが直接飛島建設に対してマンションの建築工事を発注するために、その前提として被告会社に通告した内容であると思われる。

右の「第二次契約は履行不能と確定した」というのは、正に第二次契約が存在していることを前提とした言葉である。これは右の第二次契約が公表上仮装であるとする原判決の認定を否定する、非常に重大な意義を持つ言葉である。そして右の通告は、「第二次契約は履行不能と確定した」というだけで、それ故当然無効になるのか、あるいは契約を解除するのかについては、何ら触れていない。この点については、前述の通り(七一頁(本資料の一〇〇〇頁))、第二次契約締結の際には、被告会社に特免がないことにつき、両当事者とも全然問題にせず、重視していなかったので、該契約が当然無効であるといったことについては、双方とも夢想だにしなかったのである。ましてこの第二次契約の原案をリクルートが作成し、それを被告会社が承認して出来上がった経過を見れば、とくにリクルートが第二次契約が当然無効であるなどということは、絶対に言い出すことができない筈である。そこで二億八〇〇〇万円の予約証拠金を、当然無効の故に被告会社からリクルートに返還しなければならないといったようなことが、右の通告当時はもとより、その後も当事者双方の問題に上ったようなことは全然ない。

(う) 右の(い)の通知書を受け取った被告会社では、被告人自ら筆をとって同年三月二五日付にて、「平成四年二月末日リクルートの長谷部から被告会社に対し、被告人の実兄の飯田一男社長の経営する特免業者伏見建設と共同事業で、この請負工事を行なうように依頼されたので、被告会社ではそれにもとづき、同年三月二〇日付にて伏見建設に対しその旨を依頼した。その後リクルートでは、平成五年三月五日に建築確認を取得したので、被告会社は同月二〇日付にて、伏見建設と共同建築請負事業に関する協定書を結んだ。故に被告会社はリクルートの依頼に対し、このように十分応えている。よってこの土地契約は建築条件付の売買なので、(第二次契約が履行不能であるというなら)第一次契約と第二次契約を解約して、金銭全てを返還して白紙とする」という回答書をリクルートに送付した(弁二号証の二)。

(え) これに対しリクルートは同年四月七日付にて回答書を被告会社に送付して来たが、それによると「ご指摘の請負契約には何ら変更がなく、債務不履行もない」として、第二次契約が有効であることを明確に認めている(弁第二号証の三)。

これを受取った被告会社では弁護人両名の名義で同月一六日付にて、「当方も本件請負契約は履行不能になっておらず、右契約には何ら変更がなく、現在においても有効に存続しているものと確信している。故に建築確認が下りた現在、第二次契約の第四条第一項に基づき、速やかに本契約を締結しようじゃないか。」という通告書をリクルートに発送した(弁第二号証の四)。するとリクルートでは代理人の末吉弁護士を通じて、同年五月六日付にて回答書を被告会社に送付して来たが、そのなかで、「共同事業による受注を具体化したうえ、リクルートに提案していただければ、本件請負予約契約の変更も検討する。しかし提案がなかったため、当方で建築確認を取った。リクルートとしては、本件請負契約変更の意思は全くない」といっている(弁第二号証の五)。このようにリクルートはここでも第二次契約が真正で、有効であることを完全に認めているのである。そこで東弁護人が被告人と相談の上、被告会社の代理人として、右の末吉弁護士に電話して、「リクルートの方で早くマンションを建てたいならば、私共弁護士が最大の協力をするから、一度会って話合いをしようではないか」と申し入れた。すると、それより数日後末吉弁護士より電話があり、「リクルートの上部の人と相談したら、被告会社が刑事の裁判中であるから、両者の会談は裁判が終るまで待ってほしい。」ということであった。

(お) ところが最近になって、リクルートは第二次契約の第四条に明らかに違反して、本件土地の上にマンションを建設することを、被告会社の代りに飛島建設に発注し、同建設は多田建設に下請けさせ、右マンションは七、八割方竣工していることが判明した。そこで被告会社ではリクルートに対し、第一次契約は第二次契約により、被告会社がマンション建設の元請となることが前提になっているのに、これが守られなかったことを理由として、第一次契約を解除した上、平成六年二月七日東京地裁に対し、リクルートが本件土地の登記を被告会社に返還すべき旨の民事訴訟を提起した。そしてその訴訟は目下進行中である。

(か) 以上(あ)ないし(お)の、九者会談以降現在までの交渉ならびに民事訴訟までの経過を見れば、リクルートが第二次契約が真正で、有効、適正に締結されたことを前提として、とくに特免の問題をクリアーするために、被告会社と交渉を積み重ねたものであることを、明瞭に看取することができる。

エ 被告人はそれまで約二三年間にわたり、戸建て業者として、不動産の売買の業務にたずさわって来たが、本件において原判決が認定するような、虚偽、仮装の契約をしたようなことは唯の一回もない。

オ 以上アないしエを複合すれば、第一次ないし第三次契約はいずれも真実で、有効、適正に締結されたものであって、それらの契約が実際には存在しないのに、公表上存在しているもののように、形態を仮装したものでは絶対にない。

ところが原判決は、「真実は本件が坪約七九万円の売買で、第一次ないし第三次の契約がすべて虚偽、仮装のもので、第二次契約の二億八〇〇〇万円と、第三次契約の一億一三〇〇万円がいずれも坪約七九万円の売買代金の一部である」と認定している。

もし原審裁判官が第一次ないし第三次契約書を、何らの偏見もなく、素直に、ありのままにご覧下さったならば、それらの各契約書が、そこに書かれている通り、裏も表もない、第一次契約が本件土地が指導価格の坪約四六万円による売買、第二次契約の二億八〇〇〇万円が請負予約証拠金、そして第三次契約の一億一三〇〇万円が浦和物件の売買への関与による昭和ランマーと被告会社の利益であって、それ以外の何物でもないことを、ハッキリとご認識下さっていた筈である。それを、実際は本件土地の坪約七九万円による売買であるが、第一次ないし第三次契約でその表面を糊塗、仮装し、そのなかの第二次契約の二億八〇〇〇万円と、第三次契約の一億一三〇〇万円が、何れもそれらの契約書に書かれている通りの内容ではなくて、右土地の坪約七九万円による売買代金の一部であるというような、凡そ一般の社会常識から完全にかけ離れた、不自然極まる、不合理で、無理な、コジツケの認定をされたのは、弁護人らがその点に関し、とくに原審の弁論要旨において、委曲を尽して、詳細にるる反論を申し述べたのに拘わらず、それに全く耳を傾けないで、起訴事実を安易に、軽々に信用して、それを鵜呑みにした結果であると断ずるより外に言いようがないのである。

そしてその結果、被告会社ならびに被告人をして、予想もしていなかった有罪に陥れて、無実の罪を着せてしまった。これは厳正公平な立場に立って、「過去において唯一つしかない真実」を真に洞察した上、白を白、黒を黒と峻別して、白たるべきものに対して当然無罪の判決を言渡すべき、最も崇高で、最も重大な職責を有する裁判官の任務を、完全に放棄したものであると申しても過言ではない。

六 原判決は「争点に対する判断」欄の三の4(前記一四頁(本資料の九七二頁))において、1ないし3の締めくくりとして、「以上のとおりであって、弁護人の主張は到底採用することができず、被告人は判示のとおり、架空仕入れを計上するなどして、被告会社の所得を秘匿し、虚偽過少申告に及んだものと認められる。」と説示している。

しかし右の説示は大いなる事実の誤認で、弁護人らは到底承服できない。弁護人らの主張する通り、本件土地の売買は、唯一つ、第一次契約の通り、指導価格の坪約四六万円によるものだけであって、これによって被告会社が得べかりし利益の喪失をカバーするために、第二次契約と第三次契約が結ばれた、そして被告会社は右三契約によって得た所得のうち、申告すべきものについては確定申告をして納税した。これが本件における「唯一の真実」である。従って被告人には、右説示のような、「被告会社の所得を秘匿して、虚偽過少申告に及んだ」ような事実は全然ないのである。

第四 原判決は、「争点に対する判断」の四において、次のように説示している。

「四 なお、弁護人は被告人の検察官調書における自白の任意性を強く争っているので、この点について説明を付加することとする。

被告人の検察官調書は、前掲の三通及び身上・経歴に関する平成四年五月二九日付一通(七丁のもの)のほかに、同年四月二六日付及び同月二七日付のものがあり、これらの調書においても、被告人は概括的ではあるが、前掲三通の調書とほぼ同旨の自白をしているところ(弁護人が任意性を争うのは五月二九日付の二通を除く四通についてである)、被告人は公判において、同年四月二五日から翌二六日にかけて、取調検察官から、自白しないと被告人を逮捕するとか、被告会社の社員全員を逮捕するなどと脅迫されたため、やむなく右二通の検察官調書に署名・指印したものであるなどと弁解している。しかし、関係証拠によると、被告人はこれらの検察官による取調のかなり前から東・太田両弁護人に本件を相談し、取調への対処についてもその助言を受けていたこと、同年四月二七日の取調後、両弁護人が同月三〇日付取調検察官宛ての要望事項書を作成する以前にも、被告人は弁護人らと相談しているが、右要望事項には被告人のいうような脅迫の存在を窺わせる記載が存在しないこと、被告人は結局逮捕されず、在宅のまま取調を受けたのであるが、同年四月二七日から同年五月二九日まで一か月余の期間があり、その間も両弁護人に何度も相談しているのに、その後も同旨の自白をしていること、被告人はつとに大蔵事務官に対する平成二年一月一八日付質問てん末書においても昭和ランマー株式会社をいわゆるダミーとして介在させた趣旨等を供述していることが認められる。被告人がその供述するような脅迫を取調検察官から受けて四月二七日にやむなく自白したというのに、その事情を弁護人らに伝えないということは考えがたいし、弁護人らがこのような事情を知りつつ前記のような要望事項を作成したということも考えにくく、被告人が一か月余もの期間を経過した後に再度同旨の自白をするということも極めて不自然である。その他、右のような質問てん末書が存在していること、被告人の取調状況や弁護人との打合せ状況に関する公判供述自体に変遷している部分、誇張と思われる部分、不自然と思われる部分が多々存することをも考慮すると、被告人のいうような取調検察官による脅迫があったとは認められず、その他被告人が取調状況に関して供述するところもそのまま信用することはできないというほかない。結局、被告人の検察官調書における自白の任意性を疑わせるような事由があったとは認められない。」

1 右説示のうち、弁護人らが、被告人の自白調書中任意性を争うのは、平成四年四月二六日付、同月二七日付、同年五月三一日、同年六月三日付の計四通であることは、右説示の通りである。

2 次に説示は、「被告人は公判において、同年四月二五日から翌二六日かけて、取調検察官から、自白しないと被告人を逮捕するとか、被告会社の社員全員を逮捕するなどと脅迫されたため、やむなく右二通の検察官調書に署名、指印したものであると弁解している。」と述べている。この点は、被告人の自白調書に任意性ならびに信憑性がないと弁護人らが主張する、最大のポイントをなす部分であるから、右の同年四月二六日付、同月二七日付の二通の自白調書が作成された経過、ならびにその延長として、同年五月三一日付、同年六月三日付の二通の自白調書に被告人が署名、押印するに至った経緯につき、詳細に陳述することとする。

被告人の原審公判廷における供述によれば、

(一) 平成四年四月二〇日頃から東京地検特捜部の井内検事を中心に松尾、水野両検事を両翼として、本件の捜査が開始された。

その取調を受けた者と、取調べ内容は、

(1) 被告人が井内検事より、リクルート事件、町田事件につき、

(2) 社員の添野が水野検事より、リクルート事件につき、

(3) 同蛯名が水野検事より、同じくリクルート事件につき、

(4) 同加藤が松尾検事より、狭山事件、府中事件、行田事件、小平事件につき、

(5) 同社の事務員麦倉靖子が松尾検事より、被告会社の帳簿のことにつき、

(6) 同内田百合子が水野検事より、リクルート事件の帳簿につき、

(7) 被告会社の子会社の大場昭美が松尾検事より、町田事件について、

であった。

弁護人らとしては、右の三検事が必ずや紳士的態度でもって被告人を始め七名の言い分によく耳を傾けた上、慎重に起訴、不起訴を決めて下さるものと確信していた。とくに東弁護人は捜査の開始に先立ち、右の全員に対し、「過去に起きた事実は唯一つしかないのであるから、その唯一つしかない真実を申し述べて、そのことを検事調書に記載して下さったのなら、その調書に署名押印せよ。しかし事実ではない、虚偽のことが調書に書かれていたならば、署名、押印してはならない。もしそのような調書に署名、押印したら後日裁判になった暁に、そのような調書が法廷でまかり通って、被告会社や被告人が無実の罪に陥られる危険性が大きくなる」と、このようなことのみを強く指示した。

(二) ところが検察官の取調べが始まるや、井内検事らは被告人らに対し「告発事実の通りの脱税の事実を認めろ」の一点張りで、被告人らの弁明には一切耳を傾けてくれず、予想をはるかに越えたきびしい取調べで、弁護人らの検察官に対する右のような期待は、完全に裏切られてしまった。

(三) とくに被告人は平成四年四月二五日に井内検事の許に出頭したが、同検事は始めから右のように、「リクルートとの取引に関する告発事実を認めよ」の一点張りで、全然被告人の訴えを聞いてくれず、想像を絶する峻烈な取調べを受けた。そして右の二五日に同検事は、「脱税の事実を認めなければ被告人を逮捕する」と、何回もくり返して脅迫的言辞を弄したが、これに対し被告人は、自分が居なくても、社員だけで何とか会社を運用することができるだろうと考えて、一年でも三年でも頑張るつもりで抵抗した。しかし翌二六日の深夜にいたり井内検事は、「お前のところは社長を始め、社員全員が否認するので、らちがあかない。これではつき合っておれず、世の中がメチャクチャになるぞ。そこで社長以下事務員にいたるまで社員全員を逮捕する。そうなると君の会社は間違いなく潰れるぞ。」と更に一層きびしい脅迫的言辞でもって、強硬に被告人に迫って来た。これはあたかも被告人が井内検事から、被告人の胸元にピストルを突きつけられたのと同然で、このようなことを検事の密室で深夜強く言われて脅迫されたら、百人が百人、皆その脅迫を真に受けて、それに耐えかねて、検事の言いなり放題になって、その軍門に下るのは、火を見るより明らかである。そこで被告人も、もし被告会社が潰れると、被告人を始めとして、社員約七〇名、大工約一〇〇名、その他の下請やその家族を含めて五~六〇〇名が忽ち路頭に迷って、一切が終わりとなるに違いないと直感した。それ故被告人は「真実が書かれていない自白調書には決して署名、押印するな」という東弁護人の強い指示には背くことになるが、被告会社が倒産するという、致命的な、最悪の事態を回避するために、背に腹は変えられず、真実は他日法廷において吐露して、裁判所に聞いていただくより外に道はないと考えて、止むなく井内検事の軍門に降った。そして、同検事が一方的に作成した同月二六日付(正確には翌二七日午前〇時三〇分に作成、深夜に急遽作成されたため、この調書は検察事務官の手書きである)と、翌二七日付(これはワープロで打たれている)の二通の自白調書に署名、指(押)印した。その調書の内容たるや、添野と長谷部が検察官の前で無理矢理に供述させられたそれとそっくりそのままで、被告人の言わんとする真実が全然記載されていない、いわば砂上の空閣ともいうべき虚偽、架空のものであった。そして被告人はこのような自白調書が出来上がった以上、その自白を撤回することは不可能であると思い込んでいたので、それより一ヶ月余り経った同年五月三一日付と、同年六月三日付の、前記の同年四月二六日付と、翌二七日付の自白調書と全く同一の内容の自白調書にも署名、押印した。従って右の計四通の自白調書は、被告人が原審公判廷で供述しているように、「供述人」は被告人の「飯田徳森」ではなく、その調書を自作自演した「検事井内顕策」と記載すべきものなのである。

(四) なお、前述四九頁(本資料の九八九頁)のように、被告人は同年四月二七日に自白調書に署名、押印した直後、検察庁の待合室でたまたま添野に会った際、同人に対し「自分があくまでも井内検事に抵抗して自白調書の署名、押印を拒んだら、『事務員にいたるまで社員全員を逮捕する。そうなると会社は間違いなく潰れるぞ』と散々脅かされたので、やむなく自白調書に署名、押印したから、君も水野検事に突張ることをやめて、供述調書に署名、押印せよ」と指示した。又蛯名に対しても、前同日の早朝電話して、右と同様のことを指示した。そこで両名ともその指示に従って、否認の態度を翻して、自認の調書にそれぞれ署名、押印したのである。

(五)(1) 以上(一)ないし(四)の各事実を総合すれば、被告人の右の四通の自白調書が任意性、信憑性共にゼロであることは火を見るよりも明らかである。即ち任意性についていえば、右の自白調書はすべて、「強制、精神的拷問、脅迫の下に作られた、任意にされたものでない疑いの極めて強い」(憲法第三八条第二項、刑訴法第三一九条第一項)ものである。現在特別公務員暴行陵虐致傷罪により起訴されて裁判中の、東京地検特捜部の応援に来ていた金沢仁元検事は、自己の密室で被疑事実を否認する参考人に対し肉体的暴行を加えたが、井内検事は被告人に対し、右のような肉体的暴行こそ加えてはいない。しかし「強制、精神的拷問、脅迫」を加えて自白を強要している点においては、正に金沢元検事と兄たり難く、弟たり難しと申してよい位である。そこでこれらの自白調書には任意性がないから、到底これらを根拠とすることが出来ない。従って信憑性についても、被告人の経験した「唯一つの真実」が全然盛られていないものであるから、信憑性も亦ゼロであると申すべきである。

(2) 然るに原審における前任の松浦裁判官は、原審第七回公判において被告人の任意性に関する供述が終るや、一〇分間の休憩の後直ちに、「被告人の自白調書については、任意性があるから証拠に採用します」と決定された。弁護人らとしては任意性に関する証人として、井内検事の尋問の申請をするつもりであったが、その機会を奪われて、右の決定に服するの外なかった。

しかし弁護人らとしては被告人ともども、現在においてもなお、右被告人の自白調書四通はすべて、任意性も信憑性もないということを確信しているのである。

(3) ここで、原審第八回公判において、東弁護人の問いに答えて、被告人がいみじくも述べた、天文学者のガリレオの言葉を想起していただきたい。即ちガリレオは地動説を唱えたが、ローマ法皇はこれを許さず、ガリレオに対し天動説に従うべきことを強く要求した。そこでガリレオはやむなくこれに従って天動説に改宗したが、その際、「それでもやっぱり地球は動いている。」という、歴史に残る名言を吐いた。それと同じく被告人は、井内検事の強圧に屈して起訴事実に添う自白調書に署名、押印したが、「それでもやっぱり、第一次ないし第三次の契約が真実で、有効に結ばれたものであるという事実は、未来永劫に変りようがない。」と確信しているのである。

(六) 被告人が平成四年四月二六日付と、翌二七日付の二通の自白調書に署名、押印した後、同年五月三一日付と同年六月三日付の二通に署名、押印するに至るまでの、一ヶ月余りの井内検事の被告人に対する取調べ状況を見れば、とくに前者の二通の自白調書につき、任意性ならびに信憑性がないことを、よく御認識願えると思うので、そのことについても詳しく申し述べたいと思う。

(1) 弁護人らは平成四年四月二〇日に検察官の取調べが開始された後、その取調べを受けた被告人や社員達から逐一取調状況の報告を受けたが、それらの者達から、異口同音に、検察官の取調べが余りにもひどく、それらの者達の人権が全く無視され、その者達及びその家族が恐怖のドン底に陥っていることを、泣かんばかりに訴えられた。

弁護人らはその当時、被告人や社員らが井内検事らから取調べを受けている案件は、前述のようにリクルート事件の外に五個の事件があり、その上右各事件の公訴の時効期限が同年六月末日であるから、被告人らに対し、更に最大限二ヶ月もこのような苛酷な取調べが続くであろうと予想した。そこでこのような取調べが続くと、それらの者が疲労困憊の極に達して、倒れる者が続出するのではないかと非常に憂慮した。それ故弁護人らはたまりかねて、悲壮な決意でもって、それらの者に対する取調方法の改善を井内検事に申し入れることとし、もし同検事がその要望を聞いて下さればよし、もし聞き入れて下さらなければそれまでと、右被告人以下七名の訴えの要点を、次の四項目の要望事項書にまとめた。

「要望事項

(株)徳波 弁護人

東徹・太田孝久

一、飯田社長や社員を日曜、祭日に、しかも午後七時に呼出して、深夜に及ぶ長時間の取調べをするようなことはお止め願いたい。

二、右のようなことを連日にわたり行なうこともお止め願いたい。

三、その他飯田社長や社員の健康を損ねたり、それらの者の仕事の重大な阻害原因になるような取調べをお止め願いたい。

四、飯田社長や社員の供述をお聞きになりながら、それに耳を傾けず、ご自分で作った供述内容を示して、その調書に署名捺印することを強要するようなことはお止め願いたい。

(以上)

平成四年四月三〇日

井内検事 殿」

(2) その上で弁護人両名は平成四年四月三〇日午後井内検事の許を訪ねて、東弁護人が右要望事項書を同検事に手渡した上それを朗読した。すると同検事は忽ち烈火の如く怒り出し、その朗読を終わりまで聞こうとしないで、「何をいうか、そんなもの受取れるか。」と、その要望事項書を怒気鋭く突返して来た。弁護人らはその時の井内検事の物凄い憤怒の形相を、永久に忘れることが出来ない。そこで東弁護人は「私は弁護人ですぞ」と一応反論したが、直ちに要望事項書の返却を求めて、「も早これまで」と、同検事に対し「どうぞよろしく」という一言を残して、弁護人両名ともども同検事の許を辞した。東弁護人としては、その時点で同検事はとてもとても被告人の言い分を聞いてくれる相手でないと、同検事を見限って、同検事との接触を一切断念し、この上は他日被告会社や被告人が起訴された暁、「戦場」を法廷に移して、裁判所に対し、本件における「唯一の真実」を必死になって訴えて、それを聞いていただくより外に道がないと、固く決意したのである。従って前述の松浦裁判官は被告人質問の際同人に対し、数回に亘りしつこく、「四月二六、二七日の両日の自白を取消して、調べ直してもらう機会がいくらでもあったのに、何故そのようなことを井内検事に申し出なかったのか」と聞かれたが、弁護人らとしては、被告人に対して、右のように同人が一旦自白調書に署名、押印した後その自白を翻して、調べ直してもらうよう指示したことは一回もなく、被告人もその意を体して、井内検事にそのような申し出をしたことは全然ないのである。

(3) 東弁護人らが井内検事に要望事項書を提出したが受理されなかった反響には、それはそれは物凄いものがあった。即ち右の要望事項書を持参した当日の四月三〇日に、弁護人らが井内検事の許を辞した後、被告人に対しては、五、六時間何の取調べもなく、その後井内検事は被告人に対し、「なぜ東を雇ったのか、あの先生をひきずり下せ」と、くりかえしくりかえし東弁護人の解任を強要した。そしてその夜から同年五月二〇日頃までの間約二〇〇回の多きに亘り、被告人に対し、他の事件(町田事件)の調べの間に、思い出しては間欠温泉のように、爆発的に、「東弁護人をひきずり下せ」ということと、「国税不服審判所への申立てを取下げろ、取下げたらリクルートの問題だけを起訴して、あとは不問に付して、間違いなく執行猶予にしてやる」ということを、一パックにして執拗に強要した。

そのうち、井内検事が「東弁護人を下せ」という強要をした理由は、

ア 同弁護人が裁判長出身で、刑事裁判に詳しい故苦手であること、

イ 同弁護人が被告人以下検察官の取調べを受けた社員らに対し、「過去に起きた事実は唯一つだから、それのみを主張して、検事調書に書いてもらえ」と強く指示し、それに応じて全員が検察官の取調べの対象である告発事実を否認したので、東弁護人を目の上のタンコブのように忌み嫌ったこと、

ウ 国税不服審判所への不服申立の取下げについても、東弁護人が被告人に対し、「絶対に取下げてはダメだ、取下げると大阪城の外壕を埋められたのと同じく、他日法廷において真実を訴えても、自己矛盾に陥って迫力がなくなり、無罪になる可能性が非常に少なくなるよ」と指示したので、被告人がこれに従って、井内検事の強要をはねつけて、不服申立を取下げなかったこと、

以上の三点につきる。

右の「東弁護人を解任せよ」という強要については、被告人がこれを拒否したので、「未遂」に終ったものの、井内検事のこのような言動は、憲法第三四条にいわゆる被疑者段階における弁護人選任権の侵害で、刑事訴訟の根本構造を破壊する、由々しい、重大な行為である。そしてその行為はあるいは、検察庁法第二三条第一項の「……その他の事由に因り」、検察官適格審査会において同検事が罷免される理由にもなりかねまじいものである。

又右のうちの国税不服審判所への不服申立の取下の強要についても、その際前述(一〇二頁(本資料の一〇一四頁))のように、井内検事は「取下げれば執行猶予にしてやる」と、被告人に対し甘言をもって釣ろうとしたが、被告人が執行猶予をつけ得るのは裁判所だけであって、検察官がつけられないことを知っていたので、それに応じなかった。このように自己に権限のない井内検事が、あたかも権限があるかのように装って、好餌をもって被告人を釣ろうとするとは一体何事であるか。これこそ増上慢の甚だしいものであると申しても過言ではない。

(4) 右のように井内検事が被告人に対し、「東弁護人を解任せよ」ということと、「国税不服審判所への不服申立を取下げろ」ということを一パックにして、数知れず、約二〇〇回も強要したのは、何にもとづくのであるか。それは同検事が、本件が他日裁判になって、弁護人らや被告人が同人の自白調書の任意性や信憑性を強く争ったとき、裁判所がそれらの声に耳を傾けて、自白調書を軽々に、安易に、証拠として採用しない可能性が大きいと予測したからである。もしそれらの自白調書が被告人の真意にもとづくものであるならば、井内検事は自信をもって、その調書の証拠調の申請をすべき筈である。ところが同検事はその自白が被告人の言い分を全然聞かずに、自己が作った見取図にもとづき、あらゆる脅迫、暴言、詐言をもって強要した、いわば砂上の空閣、根なし草のような自白であることを熟知していた。

そこで井内検事は、被告人が原審第九回公判で述べたように、自白調書プラス何らかの形の支えがほしかったである。その支えの形の一つが自己の目障りになる東弁護人の解任強要であり、その支えの形の二つが国税不服審判所への不服申立の取下げの強要である。

とくに東弁護人が捜査の開始に先立ち、被告人を始め社員ら全員に強く指示した「過去に起きた真実は唯一つしかない、そこでそれのみを検察官に対して主張して調書に載せてもらえ」というのは、当然過ぎる程当然のことを言っているに過ぎない。しかし井内検事にとっては、東弁護人のこの一言が余程カンに障ったのか、同弁護人を苦手、目の上のタンコブ扱いにして、被告人に対しその解任を執拗に迫ったのは、自己の後めたさをことさらカモフラージュしようとした、卑劣な行為であるというの外ないものと考える。

(七) 以上(六)の(1)ないし(4)の経過よりすれば、井内検事は被告人に対する当初の取調べより一貫して、被告人の自白のみを強要して、その自白調書を作り上げ、これをもとにして被告人を有罪に陥れるべく、目的のためには手段を選ばず、あらゆる方策を講じたものであると断することができる。一体、井内検事はそれ程までにして、被告会社ならびに被告人を有罪に陥れたいのであるか。これでは井内検事、ならびに同検事が所属する東京地検特捜部は、「自白強要機関」、即「寃罪者製造機関」であると目されても、反論のしようがないのではあるまいか。もし全国民が、本件において井内検事が、「真昼の暗黒」とも申すべき同検事の密室において、被告人に対しどのようなことを行なったかという実態、即ち、同検事によって、その密室において、どのようにして被告人に対する自白調書が作成されたのかという経緯を知ったならば、必ずや全国民は、東京地検特捜部を「国民の怨府」と見倣して、同特捜部に対して轟々たる非難の声を浴びせかけ、同特捜部に対する国民の信頼はその地を払うに立ち至るであろう。

(八) 井内検事の被告人に対する本件の取調べは平成四年五月二〇日頃から再開された。被告人はそれから後も同検事に対し、第一次ないし第三次契約が真正で、有効であることを強く主張して一応抵抗した。しかし前述のように、被告人は同年四月二六日付と二七日付の両日の自白調書に署名、押印した以上、それを覆すことは出来ないと思い込んでいたので、それ以上抵抗することを止め、同年五月三一日付と同年六月三日付の、右の四月二六日付と二七日付の両自白調書と同一内容の自白調書に、それぞれ署名、押印したのである。

3 その次に説示は、「しかし、関係証拠によると、被告人はこれらの検察官による取調べのかなり前から東・太田両弁護人に本件を相談し、取調べへの対応についてもその助言を受けていたことが認められる。」と述べている。

弁護人らは、本件が東京国税局の告発を受けて東京地検へ送付されてから間もなく、本件の弁護を受任し、被告人から事件のアウトラインを聞いて、それを把握した。しかし本件は当初二名の検事が二年おきに順次担当したが、両検事とも本件を放置して、何らの取調べをしなかったので、弁護人らはその間被告人に対し、本件の取調べの対処についての助言など一切しなかった。ところが本件の公訴時効が三ヶ月後に迫った平成四年四月初めの時点で、井内検事が本件を担当することとなった。そこで東弁護人は同検事の取調べが開始された直後、被告人や取調べが予想される社員らに対し、前述(八九頁(本資料の一〇〇八頁))のように、「過去に起きた事実は唯一つしかないのであるから、その唯一つしかない真実を申し述べて、検事がそのことを検事調書に記載して下さったのなら、その調書に署名、押印せよ。しかし事実ではない、虚偽のことが調書に書かれていたならば、署名、押印をしてはならない。もしそのような調書に署名、押印したら、後日裁判になった暁に、その調書が法廷でまかり通って、被告会社や被告人が無実の罪に陥られる危険性が大きくなる」と、このようなことのみを強く指示した。しかしそれ以外に、取調べへの対応等につき、具体的な細かい指示や、助言などは一切しなかったのである。

4 その次の説示は、次のようになっている。

「関係証拠によると、同年四月二七日の取調べ後、両弁護人が同月三〇日付取調べ検察官宛ての要望事項書を作成する以前にも、被告人は弁護人らと相談しているが、右要望事項書には、被告人のいうような脅迫の存在を窺わせる記載が存在しないことが認められる。」

被告人は右の四月二七日の取調べ後、同月三〇日の午前に弁護人らの事務所へ出頭するまで、井内検事の取調べが朝早くから夜遅くまで続行されて(同月二九日の祭日も取調べられた)、両弁護人との接触は全然出来なかった。従って弁護人らが被告人から、井内検事の過酷極まりない取調べを受けたことを聞いたのは、同月三〇日の午前に被告人が同検事の許へ出頭する途中、両弁護人の事務所へ短時間、社員の加藤と共に立寄ったときが、始めてであった。

さて、問題は両弁護人が同日午後に井内検事に提出しようとした要望事項書のことであるが、同事項書は、被告人や社員らに対する余りにもひどい取調べに対し、その改善方を訴えるためであって、その取調べの具体的な内容に直接触れる要望ではない。しかし右要望事項書の核心は第四項の「飯田社長や社員の供述をお聞きになりながら、それに耳を傾けず、ご自分で作った供述内容を示して、その調書に署名、押印することを強要するようなことはお止め願いたい。」ということにある。この第四項の文言により明らかなように、井内検事らは被告人らの言い分を全然聞かず、ひたすら同検事らが作成した作文調書に署名、押印を強要するのみであって、その文言の中には「脅迫」という字句こそ入っていないが、それと殆んど同じ意味を持つ「強要」という字句が入っている。それ位明確に、井内検事らが被告人らに対し脅迫的言辞をもって、自白、自認調書に署名、押印を強要したのである。そこで弁護人らがそれを取り上げて、その改善方を要望しているのに、原判決は、「右要望事項書には、被告人のいうような脅迫の存在を窺わせる記載が存在しないことが認められる」と説示している。これは正しく脅迫の存在を窺わせる記載があるのに、ことさらその記載がないと強弁する説示であって、到底これに賛同することは出来ない。

5 その次の説示は次のようになっている。

「被告人は結局逮捕されず、在宅のまま取調を受けたのであるが、同年、四月二七日から五月二九日まで一ヶ月余の期間があり、その間も両弁護人に何度も相談しているのに、その後も同旨の自白をしていることが認められる。」

この点については、前述九七頁(本資料の一〇一二頁)以下において申し述べた通り、弁護人らは、井内検事らの被告人及び社員に対する取調べが余りにきびしく、同人等の言い分を全然聞いてくれないので、たまりかねて平成四月三〇日に井内検事を訪れて、要望事項書を同検事に提出した。ところが同検事は忽ち烈火の如く怒って、その要望事項書を突っ返して来た。そこで弁護人らは、これでは井内検事はとてもとても被告人等の言い分に耳を傾けてくれる相手でないと、その時点で同検事を見放して、同検事と絶縁することとした。そしてこの上は「戦場」を法廷に移して、法廷において必死になって、被告人等が過去において経験した「唯一つの真実」を裁判所に訴えて、これを聞いていただくより道がないと固く決意した。そこで被告人が井内検事より、同年四月二六日の深夜、「そんなに全員が告訴事実を否認するのなら、被告人を初め社員全員を逮捕する。そうなると会社は間違いなく潰れるぞ。」と、胸にピストルを突き付けられたと同様のきびしい脅迫を受けたので、やむなくこれに屈して、同検事の軍門に降った経過を、同年五月六日頃弁護人らに報告した際に、弁護人らは「それは止む得ない。こうなると『戦場』を法廷に移して、法廷において裁判所に対し、必死になって真実を知ってもらうより外に道がない」と被告人に申し渡した。被告人はこれを了承したが、その上被告人は一旦自白すると、これを撤回することが出来ないと思い込んでいたので、それより同月二九日まで一ヶ月足らずの期間があったのにかかわらず、被告人は弁護人らの指示に従い、あえて井内検事に対し、同年四月二六日付、翌二七日付の自白調書の撤回を求める等何らの申し出をせず、又同年五月三一日付、同年六月三日付の自白調書の作成に当っても、一応は強く反発したが、それ以上の抵抗を止めて、右両調書の署名、押印に応じたのである。以上が説示にいう「同年四月二七日から五月二九日までの一ヶ月余りの期間内に、被告人が両弁護人に何度か相談しているのに、その後も同旨の自白をしている」ことの真相である。

6 その次の説示は、次のとおりである。

「被告人はつとに大蔵事務官に対する平成二年一月一八日付質問てん末書においても、昭和ランマー(株)をいわゆるダミーとして介在させた趣旨等を供述していることが認められる。」

右の質問てん末書は、原審の公判廷において検事が刑訴第三二八条の消極証拠として提出して採用されたもので、それ程重要な意味を持つものではない。しかもその内容たるや、被告人が昭和ランマーの土門を第三次契約に介入させたとあるだけで、昭和ランマーが被告会社のダミーであるなどと言った文言は何処にもない。これでは何ら原判決認定事実の証拠になるものではなく、何のために原判決が右の質問てん末書を説示に取り上げたのか、その趣旨が全く分らない。

7 その次の説示は、次のようになっている。

「被告人がその供述するような脅迫を取調検察官から受けて四月二七日にやむなく自白したというのに、その事情を弁護人らに伝えないということは考えがたいし、弁護人らがこのような事情を知りつつ前記のような要望事項書を作成したということも考えにくく、被告人が一ヶ月余もの期間を経過した後に再度同旨の自白をするということも極めて不自然である。」

そこで先ず右の説示中、「被告人がその供述するような脅迫を取調検察官から受けて、四月二七日にやむなく自白したというのに、その事情を弁護人らに伝えないということは考えがたい」とする点につき申し述べる。被告人は前述九〇頁(本資料の一〇〇九頁)以下のように、四月二六日の深夜井内検事の密室において、同検事から、「そんなに社長を初め社員全員が告訴事実を否認するのなら、社長以下全員を逮捕する、そうなったら会社は忽ちに潰れるぞ」という、あたかも被告人の胸元へピストルを突き付けられたと同様の、致命的ともいうべき脅迫を受けた。そこで被告人はこれでは被告会社が潰れて、一切が終りになると観念して、東弁護人の「真実は唯一つだから、それのみを調書に載せてもらえ」という指示には背くが、やむなく井内検事の軍門に下って、同検事の作成した、被告人の言い分が全然入っていない、検察事務官の手書き調書に署名、指印した。そしてその翌日の二七日付の、ワープロで打った同趣旨の調書にも署名、押印した。

その後被告人は同月二九日まで地検に罐詰になったと同様で、弁護人らと連絡することが全く不可能であった。そして翌三〇日午前一〇時過頃地検へ出頭する途中、社員の加藤と共に弁護人らの事務所へ立ち寄ったが、出頭時間が迫っていて時間がなかったことの外、被告人が東弁護人の強い指示に背いて、四月二六日の深夜井内検事の軍門に降ったので、被告人が弁護人らに対し、右の四月二六日の深夜の出来事を言いそびれて、報告しないまま、弁護人らに促されて同事務所を辞して地検へ出頭したのである。そして右の四月二六日の深夜の出来事については、被告人が五月六日頃両弁護人に対して詳しく報告した。これが説示のいう「被告人がその供述するような脅迫を取調検察官から四月二七日にやむなく自白したのに、その事情を弁護人らに伝えなかった」ことの真相であって、何ら「考えにくい」ことではないのである。

次に、「弁護人らがこのような事情を知りつつ、前記のような要望事項を作成したということも考えにくい」と説示にあるが、確かに弁護人らがこれらの事情を知っておれば、脅迫の内容を具体的に書くとか、あるいはもう少し違った表現にしていたであろうことは間違いない。しかし、弁護人らは前記のように、四月三〇日の要望事項書作成当時、被告人より、同人が同月二六日の深夜井内検事に屈伏して、同検事の作成した作文調書にやむなく署名、指印し、翌二七日付の同趣旨の調書にも右同様やむなく署名、押印した経過を全然聞いていなかったので、右の要望事項書を作成して、井内検事に提出しようとしたのである。

その次の「被告人が一ヶ月余もの期間を経過した後に再度同旨の自白をするということも極めて不自然である」という説示については、前述の一一三頁(本資料の一〇一九頁)以下において詳細に申し述べた通りであるから、何ら不自然なところはない。

その次から終りまでの、「その他、右のような質問てん末書が存在していること、被告人の取調状況や弁護人との打合せ状況に関する公判供述自体に変遷している部分、誇張と思われる部分、不自然と思われる部分が多々存することをも考慮すると、被告人のいうような取調検察官による脅迫があったとは認められず、その他被告人が取調状況に関して供述するところもそのまま信用することはできないというほかない。」とする説示について反論する。

先ず「右のような質問てん末書が存在していること」が、井内検事による被告人に対する脅迫の存在の否定につながるものである」と説示しているが、右の質問てん末書が何らの意味を持たないものであることは、前述の一一五頁(本資料の一〇二〇頁)以下の通りであるから、右の説示は誤りである。

その次の「被告人の取調状況や弁護人との打合せ状況に関する公判供述自体に変遷している部分、誇張と思われる部分、不自然と思われる部分が多々存する」とする説示については、このような抽象的な表現をもって、「そのような部分が多々存する」といわれても、反論のしようがない。被告人は原審公判廷こそ、自己の体験した「過去の唯一の真実」を、裁判所に聞いて頂ける唯一の場所であるとして、決死の覚悟で、全力を尽して、ありのままに、自然に、くり返し原審裁判官に訴えたのであって、その間変遷している部分がかりにあったとすれば、それは記憶のままに従って、変遷している個所を素直に訂正して述べたに過ぎず、その他故意に誇張したり、不自然と思われるような供述個所は何処にもない。それを原判決が、変遷部分、誇張部分、不自然と思われる部分が多々存するとしているのは、原審裁判官が起訴事実を鵜呑みにして、被告会社ならびに被告人に対し、有無の判決を言渡そうとする立場から、予断と偏見でもって、被告人の原審公判廷における供述を、わい曲して聞かれたことに基づくものであるとしか思えないのである。

そこでその次の「その他……をも考慮すると、被告人のいうような取調検察官による脅迫があったとは認められず、その他被告人が取調状況に関して供述するところもそのまま信用することはできないというほかない」という説示について反論する。

原判決は右のように、取調検察官による被告人に対する脅迫を否定しているが、果して右の脅迫があったのか、なかったのかを明確にするために、既に何回も申し述べたこと(九〇頁(本資料の一〇〇八頁)以下、一一七頁(本資料の一〇二一頁)以下)ではあるが、繁を厭わず、四月二五日から同月二七日までの三日間にかけて、被告人が井内検事より受けた取調べ状況を、次に重ねて陳述することとする。

(一) 被告人は四月二五日に井内検事の許に出頭して、同検事から取調べを受け始めたが、同検事は冒頭から、「告発事実を認めろ」の一点張りで、被告人の言い分には全く耳をかさず、同検事から過酷極まりない取調べを受けた。そして同夜遅くなって、同検事は被告人に対し、「君がそれ程までに否認するのなら、直ちに逮捕するぞ」とくり返し脅迫したが、被告人は自分が居なくても、社員一同が力を合わせて被告会社を守ってくれるものと信じて、一年でも三年でも頑張り通すつもりで、同検事に抵抗した。

(二) 翌二七日も井内検事との間で押問答が繰返されたが、同日の深夜にいたり、同検事は被告人に対し、「それ程までに、お前を初め社員全員が否認しつづけるのなら、我々はとてもつき合えない。これでは世の中はメチャメチャになるぞ。そこでお前を始め、社員全員を直ちに逮捕する。そうなったら会社は必ず潰れるぞ。」と、最後通牒ともいうべき、きびしい脅迫的言辞で、被告人に迫ってきた。これは正に同検事が被告人の胸元にピストルを突き付けたのと同然で、そのような立場に立たされた者は百人が百人、誰しもそれを真に受けて、震え上ってしまうのは当然である。そこで被告人も、これを聞いて、この上井内検事に抵抗すれば、自分を始め社員全員が逮捕されて、会社は忽ち潰れてしまう、そうなると自分や自分の家族を始め、社員、下請の大工その他の被告会社の従業員、関係者及びその家族全員約五、六百名が路頭に迷うという、悲惨な結果を招くのに相違ないと直観した。それ故被告人は井内検事に対し、「二〇分だけ時間を頂きたい」と申し出て、二〇分間沈思黙考した。その結果、東弁護人の強い指示に背くが、この際は被告会社のピンチを救うため、万策尽きて、涙を呑んで同検事の軍門に降った上、他日裁判に付せられたら、「戦場」を法廷に移して、必死になって「唯一つしかない真実」を裁判所に聞いていただいて、公正な裁判をして頂くより外に道がないと決心した。

そこで被告人は、井内検事に対し、「分かりました。今までの否認の態度を改めて、調書に署名、押印いたします」と答えた。すると同検事は、被告人の言い分が全然入っていない、告発事実通りの調書の原稿を立会の検察事務官に口授し、同事務官がこれを手書きした調書に被告人が署名、拇印して、ようやく井内検事の許から解放されたのは、翌二七日の午前〇時三〇分過であった。

(三) 被告人は同日早朝帰宅してすぐ部下の蛯名に対し電話で、「自分も二日二晩井内検事に真実を訴えたが、全然聞いてくれず、その上昨日の夜中になって『そんなに君を始め、社員全員が否認するのなら、君を含めて社員全員を逮捕する、そうなったら会社は必ず潰れるぞ』と脅かされたので、真相は他日法廷で裁判所に聞いて頂くこととして、やむなく井内検事の言う通りになって、調書にハンコをついて帰宅した。そこで君もこれ以上水野検事に抵抗することをやめて、同検事の作った調書にハンコをつくようにせよ」と指示した。そして同日地検の待合室で部下の添野に会ったときにも、同人に対して右と同様の指示をした。なお同日昼被告人が地検に出頭したときに、前日の深夜署名、拇印したと同一内容のワープロで打った調書にも署名、押印をしたのである。

以上の経過を見るときに、被告人が井内検事に脅迫されて、万策尽きて、涙を呑んで、やむなく同検事の自作自演ともいうべき自白調書二通に署名、拇(押)印したことは、明々白々たる事実である。しかるに原判決はこの事実に目を蔽い、耳を塞いで、「被告人のいうような、取調検察官による脅迫があったとは認められない」と説示している。この説示は血も涙もない、冷血動物のような、余りにも非人道的な認定であるというべきではなかろうか。これは厳正、公平な立場に立って、「過去に起きた唯一つしかない真実」を洞察し、その上で黒白を峻別すべき、最も重大な、最も崇高な任務を有する裁判官の使命を完全に没却したものであると断じても過言ではない。なおこのことは、「その他被告人が取調状況に関して供述するところも、そのまま信用することはできないというほかはない」とする説示についても妥当する。

8 最後に四の説示は結論として、「結局、被告人の検察官調書における自白の任意性を疑わせるような事由があったとは認められない」と結んでいる。しかし、この点については、以上るる詳細に申し述べた通り、被告人の自白調書は、任意性がゼロであると申しても過言でなく、従って信用性も亦ゼロであると言うの外ないものであると確信する。

第五 以上原判決の「争点に対する判断」と題する説示につき詳細に反論したが、被告会社ならびに被告人については、原判決の認定するような脱税の事実は全くないので、当審裁判所におかれては、何卒「過去に起きた唯一つの真実」をご洞察の上、原判決を破棄して、被告会社ならびに被告人に対し無罪の判決を賜わるよう、伏して懇願いたす次第である。

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